❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
一方、偽行商人相手に立ち回っていた光秀が、鴇の必死な声を耳にして柳眉をほんの僅かに寄せると、刀を払ったその隙に間合いへ踏み込み、得物を持つ手を捻り上げて武器を取り落とさせる。鈍い音を立ててそれが板張りへ転がると、腕の痛みに悲鳴じみた声を上げる男の腹部へ銃の持ち手を叩き込んだ。ぐっ、と短い呻きを発し、無防備になった男の足を払うと今度は頭部を側面から銃身で薙ぎ、偽行商人の男が勢いを殺せぬまま床へ倒れ込む。
「っ……く……くそ、何でこんな……餓鬼どもと優男なんざに……」
これまで順風満帆に悪事を働き、成功させて来た男が仰向けに倒れながら心底悔しそうな声を発した。集落の者達を脅して領主よろしく税を納めさせ、子供を隠して南蛮人に売りつけるのは中々にいい商いだったように思う。学など一切ない連中の集まりだったが、それなりに知恵を絞って楽しく暮らしていた────黒髪に金色の猫目を持つ、呑気そうな顔をした小さな子供を隠すまでは。
男の悔恨と怨嗟の声が途切れ途切れに聞こえて来ると、光秀が板張りをきしりと軋ませて一歩を踏み出した。山賊の仲間達は子供達の奇策により、あるいは孤軍奮闘した光臣と、途中からやって来た光秀によってすべて倒されている。
「岩戸は……完璧に閉じてた筈だ……それが、なんでこんな……っ」
もはや何の力も入らない片手で拳を形ばかりに握りしめ、声を震わせた。何故こうも無惨な結末になったのか、その理由を何も理解出来ていない相手に対し、光秀が静かに告げる。
「なに、簡単な事だ」
山の麓で放置されていた家屋を、勝手に根城として使っていたのだろう。やや年季の入った床が微かな軋みを響かせた。さも当然かのような反応をしてみせた光秀に対し、偽行商人の男が射竦めるような鋭い眼を向ける。しかし、そんなものが光秀に通じる訳もない。辛うじて言葉を発する事は出来るが、もはや腕を持ち上げる気力もない相手に対し、光秀が鈍く光る金色のそれを真っ直ぐに注いで唇をそっと動かす。
「龍は一寸にして昇天の気あり……────お前達は己の欲を満たす為に岩戸へ閉じ込めた小さな龍達を、甘く見過ぎていた」