❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
離れた場所にいる光鴇にも兄や他の子らと共に逃げるよう伝えるも、幼子は泣き濡れた頬をぐいと丹前の袖で拭った後、すぐに返事をせず言い淀んだ。その視線の先には、未だ身を丸めるようにして倒れ込んでいる八重の姿がある。
「……やえ、ときのことたすけてくれた。こんどはときがたすけるばん」
「その妙に意固地なところは、やはり母似だな」
本当は今すぐ怖くて逃げ出したい筈だというのに、光鴇は折れた木片を持つ震えた両手から力を抜く事はなかった。逃げない、と首を左右へ振って伝えて来る光鴇の様子を目にし、光秀が仕方無さそうに口元をほんのりと綻ばせる。凪と己の子が人生という長い刻の中で一体何を選び取るのか、それを親として見守ると決めた以上、光鴇の意志を曲げる事は出来ない。
「お前の思う通りにしろ、鴇」
その代わり、子らへは指一本触れさせはしない。光秀の言葉を聞き、涙を拭って光鴇が大きく頷いた。視界の端に映ったそれへ再度微かな笑みを零すと、光秀が腰に下げていた刀を鞘ごと抜き去り、光臣へ投げる。
「臣、持っていろ。鞘からは抜くな」
「!はい……!!」
柄も鞘も真っ白な光秀の刀を受け取ると、光臣が抜刀しないままで敵と応戦し始めた。光秀の方へ間合いを詰めて来た敵が振り上げた刃を難なく銃身で受け止めると、それを弾いて相手の懐へ入る。怯んだ敵の顎を銃の持ち手で殴り上げ、真白な袴の裾を翻して壁際へ蹴り飛ばした。その隙に光鴇は八重の元へ行き、ぐったりとしている少年を何とか助け起こす。
「ぐっ……!この、たかが餓鬼と優男如きに……!!」
「ほう?優男とは面白い事を言う」
吹っ飛ばされた味方が白目を剥いたのを目にし、山賊達が悔しそうに歯噛みした。余裕のない敵に対し、敢えて片眉を持ち上げながら挑発めいた風に言えば、怒りに任せて敵が正面から突っ込んで来る。その動きを容易く見切った光秀が背後から銃身で頭部を薙ぎ払うように強打し、そのまま首根っこを掴むと囲炉裏の灰の中へと顔面を沈める。
「ん゛ん゛っ……!!!!?」
「相手の力量を見誤っている時点で、結果は見えているようなものだな」