❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
八重を連れ戻そうとした光鴇に向かい、血走り狂気じみた目を向けた男が、椀の当たった箇所を片手で押さえながら怒号を上げた。そうして、怒りに任せたまま小さな光鴇目掛けて蹴り飛ばそうとする。しかし、咄嗟に八重が幼子の身体を突き飛ばして庇い、少年が大人の容赦ない攻撃を受けて壁際へ吹っ飛ばされた。一瞬、何が起きたのかも分からず呆然とした光鴇の眸が大きく見開かれる。
「ぐ、っ………ぅ……」
苦しそうに嘔吐(えづ)く八重が身を丸めて横倒れになっているのを前に、光鴇の木片を持つ小さな手が震える。
(やえ……とき、たすけたせいで……)
怖い────普通ならばその感情が真っ先に湧き上がるものだというのに、光鴇の心の奥底にあるのはまったく別の感情であった。頭の芯がすっと冷えて、周りの騒音が聞こえなくなる。八重が突き飛ばして庇ってくれたその身を起こし、立ち上がると光鴇が木片を構えた。頭は冷えているのに、身体が妙に熱い。ぎゅっと握った木片に力を入れると、幼い子供が燃えるような金色の眸を賊へ向ける。
「なんだよ餓鬼。お前みたいなちんまいのが、勝てると思ってるのか?」
「鴇!止めろ!下がれ……!!くっ、邪魔だ!」
二人の賊を床へ沈めた光臣の元へ別の賊が襲いかかり、少年の背後にいる子供達へ手を出そうとした。その場から動けば他の子供達が危険に晒され、動かなければ自らの弟が危険になる。どちらも選べない状況に追い込まれた少年が、焦れた様子で苛立たしげに敵の顔面を殴り飛ばした。
光鴇へ対峙している敵は、所詮子供相手だと侮っているような様子で下卑た笑いを零す。粗雑な刀の峰でとんとん、と自身の肩を軽く叩いている賊を前にした光鴇が、唇をぎゅっときつく噛み締めた。
父のように格好良い武士の姿は、小さな子供にとっては憧れだ。だから構えの稽古も、素振りの稽古もまったく苦ではなかった。しかし、人に武器を突きつけてそれを振るう事だけはどうしても苦手で────怖かった。