❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
片手に空の椀、もう片手には腰に差していた木片を持った光鴇が、びしっと渡り廊下の先を指し示した。総大将よろしく号令をかけると、それに従って子供達が同じように木片を両手に持ちながら駆けて行く。
どうせ敵と鉢合わせるのなら、もっと静かに行ったほうが……という八重の突っ込みは虚しくも子供達の気合いが入った声にかき消され、開かれた岩戸から足を踏み出した子供達の大脱走劇が騒々しく幕を開けたのだった。
───子供達が倉庫から解き放たれたと同時、山賊の根城の居間にて。
遠くから聞こえて来た男の短い悲鳴と、複数の小さな足音、そして子供らしいやや高い声。それ等を耳にして、囲炉裏を囲んで酒盛りをしていた残りの山賊達はおもむろに熱(いき)り立った。光臣の顔を覗き込もうとしていた偽行商人も苛立たしげな舌打ちを響かせて立ち上がり、それぞれが得物を手にする。
子供達が自ら倉庫から脱出するのがある意味状況的にはいい、とは考えていたものの、如何(いかん)せん堂々とし過ぎていた。渡り廊下の方へ向かおうとする山賊と、おそらく正面から鉢合わせる事になる子供達を守る為、光臣は小袖の袂(たもと)へ仕込んでいたものを即座に取り出し、それを囲炉裏の火へ焚(く)べる。
「何だ……!!?」
「おい女!!てめえ何しやがった……!!!?」
光臣が何かを炎へ放った瞬間、白い煙が瞬く間に立ち上って居間の中を包み込んだ。突然の行動と事態に山賊達が動揺を露わにし、口元を腕で覆いながら怒声を響かせる。少年が焚べたのは松の生木を切り出して細かく裂いたものだ。松、杉などの針葉樹は油を多量に含んでいる為、乾かす前に火へ焚べると非常に燃えやすく、また大量の煙を発する。
これは薬草や植物類を好む母から以前教わっていた事であり、それを狼煙(のろし)や煙幕の代わりに使用するよう提案したのは父だ。
───俺が根城へ辿り着く前に不測の事態が起こった時は、これを使え。狭い室内で大量の煙が発生した場合、賊は必ずそれを外へ逃がそうとするだろう。