❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
両手で風藤葛の粉が入った椀をしっかりと持ち、緊張と恐怖が綯い交ぜになった表情で唇を引き結んでいる。戦う、ここから逃げ出すと息巻いていたものの、為す術もなく麻袋へ詰め込まれた、その恐怖が足元から這い上がって来た。
(こわくない……とき、ぜんぜんこわくない……!)
ぎゅっと瞑った瞼の裏、そこに大好きな家族の顔が思い浮かんだ。このまま狭い倉庫に閉じ込められ、家族と一生会えないくらいなら戦う道を選ぶ。再度心を奮い立たせて閉ざしていた瞼を持ち上げれば、父と母の面影をそれぞれ残した金色の双眸に勇気を灯した。一方、八重の言葉を耳にした賊の男は、金づるである光鴇の体調不良と聞いて動揺を露わにする。
「今日隠して来た奴だと……?あの金子を寄越した親を持つ餓鬼の事か。ちっ!死なれたらあいつに難癖つけられて取り分減らされちまう。……待て、今開ける」
「早くしてくれ……!!手が氷みてえに冷たくなってる……!!」
八重が賊を急かすように声を上げながら、音を立てずに扉からそっと離れていった。ちょうど扉を開けて一歩を踏み込んで来たところには、少年が作ったくくり罠が仕掛けられている。がちゃ、がちゃ、と扉の向こうで鈍い音が響いた。外からかけている閂(かんぬき)を外しているのだと察した八重と光鴇が互いに視線を交わし、そうして頷き合う。がたん、と一際大きな音が響いた後、とうとう閉ざされた扉が子供達の眼の前で開かれた。
───端的に言えば、お前と同じ童(わっぱ)ならばまだしも、それ以上に大きな敵と戦ったところで勝機はない。
───仔栗鼠の小さなおつむでも考えられる事で構わない。敵の隙を作る事が、勝機を掴む一助となる。
以前、父に稽古をつけてもらった折、教えられた言葉が小さな脳内を駆け巡る。どっ、どっ、どっ、と耳の裏側へ心の臓が移動してしまったかの如く、早鐘が鳴り響いた。緊張で身体は熱くなっているというのに、頭は妙にひんやりとしている。それは、買ってもらった気に入りのポンポンつき毛糸帽子を途中で落としてしまった所為か、あるいは。
「おい、その具合が悪いっつー餓鬼は何処だ」