❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
ぱっと表情が明るくなり、光鴇が少年────八重の名を呼ぶ。両親が亡くなり、罠師としての技術を教えてくれた養父を戦で亡くし、久しく誰も呼んでくれる事のなかったその名を呼ばれ、八重が榛(はしばみ)色の眸を瞠った。やがて、嬉しそうに笑った後で肩を竦めてみせる。
「……知ってる、何回名乗ってると思ってるんだよ」
「ふふん!」
呆れた風にしているその声の中には、堪えきれない喜びが滲んでいた。誰かに名を呼んでもらえるという、あまりにも当たり前過ぎて何気ない幸福が、実は生きて行く上で必要不可欠なのだと噛み締めた八重は得意げに胸を張る光鴇を前に、もう一度照れくさそうに面持ちを綻ばせたのだった。
それから、改めて罠や武器となる木片、そして椀の中に入れた風藤葛の粉を確認した後、それぞれが配置に着いて緊張を過ぎらせた。互いに強張った顔を見合わせると、八重が全員に向けて確認を取る。
「行くぞ。取り敢えず皆で扉を叩いて、目一杯騒ぎ立てるんだ。閂(かんぬき)を開ける音が聞こえたら、それぞれ持ち場に待機。扉が開いたら……光鴇、任せたぞ」
「とき、がんばる!」
「よし……脱出作戦、開始だ!」
八重が号令をかけると同時、子供達が一斉に閉ざされた扉を叩いて声を上げ始めた。内容は簡単に言えば、中にいる子供の具合が悪そう、というものである。切迫した雰囲気を演出する為、八重も率先して扉を叩きながら男達を呼び立てた。そうすれば、やがて山賊の一人がやって来た事をその荒々しい足音で察すると、光鴇が短い両腕を無言のままでぶんぶんと振り、持ち場につけ!と子供達に指示を出す。
「煩えぞ!餓鬼ども!!見せしめに一人絞め上げてやろうか!!」
「た、大変だ!!さっき連れて来られたチビが、苦しそうに蹲ってる!!唇も青いし、このままじゃ死んじまうかもしれない……!!」
扉の向こうから聞こえる賊の荒々しい声に子供達が竦み上がる中、八重が気丈にも作戦通り光鴇の不調を訴えかけた。光鴇と八重以外の子供達は罠の邪魔にならないところへ待機し、光鴇は扉が開く際、死角になる場所へ木箱を移動させ、その上へ乗っていた。