❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
偽行商人の声色に訝しみがこもっているのを肌で感じ、ひとまず当たり障りのない事を答えた。あの父を優男と評するなど、日ノ本広しと言えど中々いないだろう。まあ確かに秀吉や慶次などと比べると、父はやや細身な長身に見えるかもしれないが。さすがに行商人へ扮し、集落へ訪れる人間を観察しているだけの事はある。
万が一、この賊に気取られたなら────いざという時、いつでも動けるよう足先に力を入れた光臣が、内心で緊張に跳ねる鼓動を落ち着けていると────不意に、渡り廊下の方向から男の短い悲鳴が聞こえて来たのだった。
───時は少々遡り、山賊の根城の倉庫にて。
「よし、これでくくり罠の支度は万端だ。この位縄が強ければ、多分大人でも余裕で捕まえられる」
「すごい!これ、どうやってつかう?」
「敵がここに足を踏み出したら、こっちの縄を素早く引っ張るんだ。そうすると罠にかかった獣みたいに天井の梁(はり)まで吊り上げられる」
「こ、こわい……とき、ぜったいふまない」
「お前相手に罠は仕掛けないよ」
罠師の少年が作り上げたくくり罠はかなり簡易的なものだが、それでも足止めするには十分だ。だが、確実に罠を踏むよう誘導してその上、少しの間でも敵を行動不能にさせる必要がある。果たしてどうしたものか、と頭を捻る少年に対して光鴇が持ち出したのが、倉庫の奥で大量に見つけた風藤葛(ふうとうかずら)であった。食事の時に用いられる古びた木の椀の中に入っている粉を見て、少年が心配そうに眉尻を下げる。
「それにしても……本当にこんな粉で敵の足止めなんて出来るのか?」
「できる!ははうえ、いってた」
「お前の母上って事は、殿様の奥方様って事だろ?奥方様が何でそんな物騒な事知ってるんだよ……」
「ははうえ、ちちうえのやくしにょだから」
「やくしにょ……?なんだそれ」
光鴇を含めた少年達の手にある椀の中には、同様に薄灰色っぽい粉が入っていた。それは麻袋の中へ放置されていた風藤葛を子供達で必死に砕き、粉末状にしたものである。光鴇はあまり記憶にないものの、粉はこうして見ると確かに胡椒とよく似ていた。