❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
行商人に扮していた男へ正体を暴かれるより先に、いっそこの場から移動させてくれと光臣が考えていると、少年を攫って来た男が緩く頭(かぶり)を振る。
「いや、せっかくこの器量だ。たまには女の酌で飲みたいじゃねえか」
「女っつっても餓鬼だろ?餓鬼に色気なんかあるのかよ……?」
「そう言うなって。いい加減手酌も飽きただろ?お前、酌しろ」
酌をしろと言い出した男に、光臣が唇をそっと噛み締めた。偽行商人は自身が攫った獲物───光鴇が一等高値で売れると信じているが故に、幸いな事にも少女へ扮した少年へ興味を寄せる事はない。ここで断れば面倒な事になる、そう即座に思考を回した光臣は、やはり見事な演技力で怯えた風に頷くと力なく立ち上がった。状況に身を竦ませている、という体(てい)ならば、多少無愛想でも訝しまれまい。
「ど、どうぞ……」
「今の内に男へ媚びる手管を覚えておいた方が、今後の役に立つぜ?お嬢ちゃん」
(………下衆め)
相変わらず顔を俯かせたままで銚子を手に取り、囲炉裏の周りにいる男の一人が持つ酒器を満たした。居間には、光臣をここまで連れて来た男を含めて七人いる。平屋の大きさから見て、そこまで人数は多くないと踏んでいたが予想通りだ。この程度の数ならば父と光臣自身で十分対処のしようがある。
(渡り廊下へ繋がっている出入り口が一箇所。倉庫に子供達が閉じ込められているとすれば、そこを塞がれると面倒だな。この居間はともかく、廊下は狭い故に刀を振るには向かない)
問題は子供達を人質に取られた場合だ。唯一とも言える出入り口を賊に取られると、子供達を逃がす事も困難になるだろう。父が根城へ乗り込んで来ると共に素早く囲炉裏にいる賊を打ち取るか、あるいは子供達が自ら倉庫から出て来る事が望ましいなどと光臣が考えていると、ふと離れた場所から子供の声と思わしき何かが聞こえて来る事に気付く。
「────……っ!!!……、……!!!」
「なんだ、餓鬼どもが騒いでやがるな」
「ちっ、わざわざ生かさず殺さずの状態にしてやってるってのに、餓鬼ってのはどうしてこうも煩えんだ」