❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
声色に動揺を乗せ、大袈裟なまでに震えて見せれば男が愉しげな声を発した。心の内側はたいそう冷めているが、大切な弟を助け出す為である。父が根城へやって来るまでの間、刻を稼がねば。そう考えていた少年を余所に、男は平屋の中へ入ると居間らしき場所で光臣を下ろす。
「おい、何だその女……?また隠して来たのか?今日は随分収穫が多いな」
「集落の中に木工細工職人がいただろ?あの臆病者の姪なんだとよ。こいつを攫わせる代わりに、税を軽くしてくれとか言って来やがった」
「へえ、そいつは可哀想なこった!実の叔父に売られるとはなあ!まあ血が繋がってるとはいえ、実の子じゃねえなら関係ねえって事だな」
板張りの床へしたたかに降ろされた光臣が、居間に集まっている山賊達へ気取られぬよう受け身を取っている中、男達が実に不愉快極まりない会話を繰り広げていた。光臣へ形ばかりの憐れみを浮かべている連中は、長い銀糸を床へ投げ出すようにしている少年(少女)を値踏みするように不躾な眼差しを向けて来る。
その全身を舐め回すような視線に顔を顰めたいのは山々であったが、今は取り敢えず怯えている風に顔を俯かせ、身体を震わせた。ここまで光臣を攫って来た男は両手を胸前で交差するようにしてそれぞれ二の腕を軽くさすり、寒い寒いと言いながら炎が煌々と燃えている囲炉裏を囲う輪へ加わる。
「何悠長に座ってやがる。さっさと倉庫にぶち込んで来い」
昼日中から酒盛りをしている男達の中で、見覚えのある男が古びた盃を手にしたまま眉間を顰めた。はっとした様子で音も無く息を呑み、極力顔を見られぬよう俯かせる。解いている長い銀糸が、ちょうどいい具合に顔を隠す役割を果たしてくれているものの、いつ正面から見られるか分からない。
光臣が警戒を見せたのは酒盛りをする男達の中に、集落で出会った行商人を装う男がいたからだ。一応女装という事で化粧(けわい)は施しているものの、顔をまじまじ見られると少々まずい。
(あの偽行商人の言う通り、倉庫へ入れられた方が鴇と合流出来る可能性は高いが……身動きが取れなくなるのは困りものだ。渡り廊下で敵が一人になったのを見計らい、気絶でもさせるか)