❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
「……こほん、俺も母上が賊に攫われるのは反対です。俺なら万が一の時に対処出来ますし、最低限自分の身は自分で守れますので」
いつもの父と母の睦み合いが始まった様を、光臣が慣れた調子で遮った。はっとした様子で我に返った凪が少年を心配そうに見やり、その手をきゅっと握る。
「臣くんが毎日稽古して強くなってる事は知ってるけど……無茶はしないでね。それに、」
「?」
「こんなに美少女だとその、別の意味で色々心配だし……」
「万が一の折には躊躇いなく急所を狙う事だ」
「的確な助言の筈なのにやっぱり複雑ですね……」
この辺りではまさに類を見ない美少女っぷりは、確かに貞操的な意味で危機感を覚える程であった。男にも関わらず貞操を両親に案じられる、という複雑極まりない展開に光臣が再び遠い目をする。
「さて、こちらの支度は万端だ。……後は旦那、頼んだぞ」
攫われる予定となる美少女は申し分ない仕上がりだ。しかし、此度の囮作戦を成功させる為には、他にも協力を仰ぐ必要があった。光秀が静かに告げて、ゆるりと袴の裾を揺らしながら振り返る。
涼やかな金色の双眸が向けられる先では職人の男が青白い顔で身を縮めており、光秀の眼差しを受けて情けない声を喉から絞り出した。策を完成させるにあたってある種、重要な役どころを与えられた小心者の職人は、冷や汗を額に滲ませながら、その唇をがちがちと震わせたのだった。
───そして現在へと至る。
「……臣くん、大丈夫かな」
「職人の旦那が上手く賊の見張りを動かす事が出来れば問題ない筈だ」
光臣がいる場所から離れた位置にいる凪が、息子をやや遠目に見て心配そうな表情を浮かべた。凪の隣で息を潜めていた光秀が、外にいる所為でひんやりと冷えた彼女の手を優しく握る。
集落の外れには、咳止め薬などに使われる事で有名な生薬、南天の木が多く植えられていた。光臣はやや草臥(くた)びれた籠を手にして寒い雪原の中で頭から布を被り、木に成る赤々とした南天の実を採取している。