❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
心底困窮したとばかりに少年が後頭部を軽く掻いた後、やはり不器用な手付きで光鴇の少し乱れた頭をぽんぽん、と撫でた。今は空腹ではないが、その内腹が減って母の作ってくれた、蜂蜜がいっぱいかかったホットケーキが食べたくなるかもしれない。
そう考えるとますます悲しさが押し寄せるというのに、少年の荒れた少しごつごつとした皮の厚い手が、やはり兄を彷彿とさせて光鴇が目を瞬かせる。
───鴇、頑張れ。お前なら出来る。俺とお前は、父上と母上の子だからな。
(うん………とき、ちちうえとははうえのこだから、あきらめない!)
いつかの記憶の中にいた兄の言葉に鼓舞され、光鴇が手拭いをぎゅっと再び握りしめた。溢れる涙をそれで強く拭った所為で、ますます目元や鼻の頭は赤くなってしまったが、少し熱くてひりりとするその感覚が、小さな身体に勇気をもたらしてくれる。
「……とき、おうちかえる」
「……それは無理だって言っただろ?俺達が外に出られるのは、ここから売りに出される時だけだ」
「ちがう、ここからにげる。とき、たたかう」
「本気で言ってるのか……?」
「とき、ほんき。まめにはな、さかなくても、みんなのとこかえる」
ぐす、と一度鼻をすすった後、光鴇がそれまで浮かべていた情けない表情を引き締めた。あまりに突拍子もない事を言い出した幼子相手に少年が驚いた風に息を呑む。
────煎り豆に芽は出ない、花も咲かない。ならば、自らの手でこの閉ざされた岩戸をこじ開ける他ないという光鴇のそれは荒唐無稽なものに思えたが、凛とした声色には確かな意志が込められていた。
「そんな事考える奴、今まで一人もいなかったけど……」
それまですすり泣いていた子供達が、光鴇の力強い言葉を耳にして、次第に落ち着きを取り戻して来た。もし、この場に自分一人であったなら、きっとこんな科白は出て来なかったかもしれない。けれど、この倉庫内には光鴇と同じ立場に追い込まれた子供達が複数いる。