❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
「こんな辺鄙へんぴなとこにも殿様って来るんだな」
「みんなでおんせん、はいりにきた」
「そうか。じゃあ今頃、お前がいなくなった事に気付いた殿様達は大慌てなんじゃないか?」
「!」
少年に言われ、初めて気が付いたと言わんばかりに光鴇が双眸を瞠った。何とか怖い気持ちを少年と会話する事で紛らわせていた幼子の心に、家族の心配そうな顔が思い浮かぶ。あの時、自分は母に何も告げず、一人でその場を離れてしまった。
少年の言う通り、きっと今頃は自分を心配しているに違いない。あるいはもしかしたら、母は泣いてしまっているかもしれない。そう考えると、辛うじて気丈にしていた光鴇の眸が、再び涙で潤み始める。
(とき、わるいこ……)
あれだけ日頃父から、母を困らせてはいけないと言われていたのに。家族に会えない事は勿論辛いし悲しいが、母を泣かせるのはもっと悲しい。突如目の前で涙ぐみ始めた幼子を見て、少年はぎょっとしたように目を瞠った。大きな金色の猫目いっぱいに溜まった涙がとうとう溢れて頬を流れて行くと、光鴇がぎゅっと両目を瞑って唇をへの字に引き結ぶ。
「ううっ……」
「な、泣くなよ……一人泣くとこいつらにも伝染うつるんだ」
「ははうえないたら、とき、ごめんなさいしなきゃめっ、なのに……ごめんなさい、できない……ううっ……」
先程はもう泣かないと自身を奮い立たせる事が出来たものの、一度決壊した感情は容易に元へは戻らない。寂しい、怖い、悲しい────色んな感情が小さな子供の胸の中へぐるぐると渦巻き、心の内側の柔らかい場所をじくじくと痛ませる。手拭いで涙を拭う事も忘れてぽろぽろと涙を幾つも零す様を、少年が困りきった顔で見つめていた。倉庫内からは悲しみが連鎖したかの如く、他の子供達の泣き声も聞こえ始める。
「あー……ほら、泣き止めよ。さっきも言ったけど、泣いたら余計な体力持ってかれる。飯も満足に食えないんだから、泣かない方が後で自分が辛い思いをしなくて済む。お前、殿様の子だってんなら、汁粥で腹は満たされないだろ」
「ううっ……ははうえのほっとけーき、たべたい……」
「なんだそりゃ」