❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
本当は幼いながらも状況を理解した後、怖くて寂しくてどうしようもなかった。しかし、年長の少年がまるで兄のような安心感を光鴇へ与えてくれていた為、幼子は何とか心を持ち直す事が出来たのだ。これが一人だったなら、と考えると途方もなく恐ろしい。
顔も声も髪の色も、きっと名前とて違う少年に光臣の姿を重ねる事で、光鴇は無意識の内に平静を保とうとしていた。更には、父の名を出す事で少しでも勇気を奮い立たせ、じわじわと内側に広がる恐怖を懸命に押し返そうとする。
「とき、あけちみつとき。ごさい」
驚いたような、あるいは訝しむような少年の問いに対してしっかりと自らの名を発すると、今は一緒にいないけれど、家族が傍にいてくれる、そんな気がしたのだ。光鴇の発言を耳にし、最初こそ半信半疑であった少年が神妙な顔を浮かべた。そうして、ふと幼子が手にしている白い手拭いと、そこへ刺繍されている水色桔梗の家紋を見る。
「それって、御武家が持ってるものだよな……?」
「これ、ちちうえのおはな」
「……俺は元々丹波の生まれで、親が死んだ後は跡取りが居なかった罠師の家に引き取られたんだ。まあその養父も戦に巻き込まれて死んじまったけど……とにかく、お前が持ってる手拭いの紋は丹波にいた頃、見た事がある。お前の言う事、信じてやるよ」
丹波の何処かで生まれたというのなら、確かに領主の家紋である水色桔梗を目にした事くらいはあるだろう。丹波では水色桔梗が描かれた旗指物はたさしものを、背に差した兵達の歩く姿が度々見受けられる。
光鴇が明智光秀の子供だという事実を信じる事にした少年の言い草を耳にして、光鴇が若干不服そうに頬を膨らませた。涙の跡が微かに残る頬をぷくっと膨らませ、ぷりぷりと軽く怒ってみせる。
「とき、うそつきちがう」
「疑って悪かった。……って事はお前、家臣か誰かと一緒にこの辺りに来てたんだろ?誰と来てたんだ?」
「ちちうえと、ははうえと、あにうえ」