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❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第9章 龍は一寸にして昇天の気あり



心細くて寂しくて、そういう時にこそ家族と交わした何気ない言葉が脳裏を過ぎるものだ。日頃から持ち歩くように、と母が毎日用意してくれている子供用の小さな手拭いを懐から取り出した。真っ白なそれには、水色の糸で明智家の家紋───水色桔梗が刺繍されている。

───お前は泣き虫だな、仔栗鼠。泣きべそをかいていると、いつまでも強くはなれないぞ。

(……とき、なかない。つよいおのこ、なる)

仕方無さそうな顔で穏やかに笑う父の言葉を思い出し、水色桔梗の刺繍が施されたそれで涙を拭った。目元と鼻の頭は真っ赤になっていたが、それでもこれ以上は決して泣くまいと決意を固める。

「おい、お前ら泣くなよ。泣いたら余計な体力持ってかれるし、余計に腹が減っちまう。どうせあいつら、俺達を死なない程度にしか生かす気はないんだ」
「みんなごはん、ない?」
「一日に一回、汁みたいな粥が渡される。それを全員で分けて食うんだよ」
「しるみたいなかゆ……」

年長の少年が涙を流す子供達を宥なだめて歩いた。小さな子供の頭を不器用ながらも撫でるその手付きや仕草に、大好きな兄の姿が重なる。汁みたいな粥、と言われてもいまいちピンと来ない光鴇が首を傾げた様を見て、少年が改まった様子でまじまじと幼子を頭の天辺から爪先まで見た。少年を含め、他の子供達とは明らかに身なりが異なる光鴇に対し、まるで同情するような眼差しを向けて来る。

「お前のその格好、いいとこの商人か豪農の子供か?貧乏な生活には縁が無さそうだな」
「しょうにんもごうのうもちがう。ときのちちうえ、あけちみつひで。かっこいいきつねさん」
「…………は?」

涙を拭った手拭いをぎゅっと握りしめ、光鴇が首を左右へ振った。至極真面目な調子で言い切ったそれに、少年の目が点になる。

「あけちみつひで……って、狐だったのか?」
「うん」
「確かに化け狐だって言われてるのは聞いた事あるけどよ……」
「ばけぎつねちがう、いいきつねさん」
「……本当にお前、あの明智光秀の子供なのか?」

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