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❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第9章 龍は一寸にして昇天の気あり



そうすれば光鴇の言葉を拾い上げ、改めて自身等が置かれている状況を突きつけられた他の子供達が、心許ない火鉢の傍でしゃくり上げ始めた。光鴇よりも小さな子供がぽろぽろと大粒の涙を目尻から零し、膝を抱えて肩を震わせる。

「おっかあにあいたいよぉ……っ」
「うう、とうちゃん……かあちゃん……!」

まるで悲しみが伝染して行くように倉庫内へ広がって行き、年長の少年と光鴇以外の子供達が泣きじゃくり始めた。火が点いたように泣く気力すら子供達には残っていないのか、嗚咽を漏らし、あるいはすすり泣く声が四方から聞こえて来るばかりのそれは、光鴇の心を余計に波立たせる。

───反逆の神々は立ち去る国常立尊くにとこたちのみことの背に向け、煎り豆に花が咲くまで天岩戸あまのいわどから出て来る事を禁ずるよう、呪詛をかけた。
───煎り豆からは芽が出る事も、花が咲く事もない。即ち、二度とその岩戸から出て来るなという事を、豆を投げつける事で伝えたという。

ふと幼子の脳裏に、先日の公開手習いで顕如から語り聞かされた豆まきの伝承が過ぎった。天岩戸が閉ざされて、追いやられた厳格な神は夜のように光も射さぬ真っ暗な闇の中、たった一人で過ごしたのだろうか。そんな事を考えていた自分が、同じ目に遭うなど想像もしなかった。

「……ちちうえ、ははうえ、あにうえ………ううっ……」

思い出した伝承と、自分と然程歳も変わらぬ子供達の家を恋しがる声。それらが光鴇へ残酷な現実をむざむざと突きつけ、とうとう堰せきを切って溢れ始める。

(もうみんなと、あえない)

本当ならば、これから自分専用の硯箱を買ってもらって、一緒に温泉へ入り、美味しい夕餉を食べて皆で眠りに就く筈だった。それが二度と叶わないのだと思うと、視界がじわじわ揺れて景色が滲み始める。他の子供達と同じく、涙がまろみを帯びた幼子の頬を伝い、丹前の衿や肩に染みを作った。ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、袖で涙を拭おうとしたところで、はたと母の言葉を思い出す。

───鴇くん、袖やお手々でお目々はこすっちゃ駄目だからね。顔を拭う時は、手拭いを使うんだよ。

(……てぬぐい)

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