❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
まるで見せしめのようなそれは集落の者達の不満や憤りを鎮火させるには十分過ぎる効力を持っており、味を占めた賊達は次に、近隣の村や、集落へ何も知らず訪れた旅人達の子供を【童の岩戸隠し】と称して攫い始めたのだという。
「攫われた子供は南蛮人の人買いや貴族の奴隷、慰み者として売られるんだとさ」
「以前から度々南蛮人が日ノ本の民を奴隷として連れ去っている件は俺の耳にも入っていたが、賊達が少なからず悪の温床(おんしょう)になっているとはな」
「許せない……罪のない子達をお金の為だけに売るなんて……」
「うちの旦那が言った通り、私達もこんな事はしたくなかったんだ。でも、逆らえば自分の子供や家族が同じ目に遭う……妹もそれにいい加減耐えかねたんだろうね。何も知らないあんた達が宿にやって来たのを見て、もう嫌だって泣いてたよ」
宿の女将を始め、宿に勤める者達の態度がよそよそしかったのは、そういった背景があったらしい。集落で子供の笑い声ひとつしなかった理由も、【童の岩戸隠し】に巻き込まれないようにする為だったのだろう。自身が良ければ他者がどうなってもいい、という考えを一概に悪と断じる事は難しかった。
力のない者達にとっては、自らの両腕で包める範囲を守る事で精一杯だったのだという事が、彼らの悔恨から感じ取れる。凪や光臣も、集落の者達の気持ちは理解しているのか、責める言葉が発せられる事はない。しかし、光秀の羽織りを掴む凪の白い手が小刻みに震えている様を視界に収めると、再び男の中で冷たい激情が湧き上がった。
いつの世も、弱い者達ばかりが虐げられる。乱世の無情が未だ日ノ本という国の根を腐らせている事実に、光秀が目元を仄かに鋭くした。
「……じゃああの時、女の人が言ったのはそういう事だったんだ」
「凪、思い当たる事があるのか?」
「はい、実は……」
凪は光鴇が姿を消した前後の出来事を光秀と光臣へ話した。小さな子供が怪我をして泣いており、親と思わしき者はおろか、誰も家から顔を出そうとしなかった事。