❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
「……光秀さん、ここの集落を脅かしてるものって……?」
「この夫婦の話では近頃、【童(わらべ)の岩戸隠し】という名の人攫いが横行していたらしい」
「童……子供を攫うって事ですか……っ」
途中からやって来た為、状況を把握していない凪が光秀へそっと問うた。彼女の身を支えるようにして腕を回している光秀が簡易的に説明すると、意味を理解した凪の顔色が再び青白さを増す。
「母上……」
「っ、大丈夫……ちゃんと話、聞かなきゃ」
光臣が母を案じる様子で眉尻を下げた。兄として、小さな弟が攫われた事実は如何ほど衝撃だった事か。しかし少年はそれでも気丈に情報を耳に入れようとしていた。凪もまた目や耳を背ける気はないらしく、色を失くした表情を必死に引き締めようと唇を引き結ぶ。妻と子、二人を案じる眼差しを静かに注いだ光秀はしかし、辛ければ耳を塞いでいろと告げる事は出来なかった。凪と連れ添った十年以上の歳月で、彼女がそれを望まないと知っていたが故に。
「奥方、【童の岩戸隠し】とやらを行っている者達に心当たりがあるんだろう?」
「……ああ、秋口辺りに山の麓へ棲み着いた山賊どもだよ。あいつら、最初はこの集落のもんに食料や金を要求して来たんだ。ここを縄張りにして他の賊どもから守る代わりだ、なんて言ってね」
「山賊なら、乱取り紛いな事でもして根こそぎ金品を奪っていきそうなものですが……」
「多少頭の回る賊がよく使う手口だ。適当な理由をつけて金品を貢がせた方が、少ない労力で一定の稼ぎを得られる」
「酷い……」
山賊達は集落の者達を脅し、年貢よろしく様々なものを納めさせるようになった。元々集落は湯治の温泉効果もあり、人の出入りも多い上、細工品は都の商人達にも高値で売れる。一般的に見れば他の集落などより余程裕福であった為、搾り取り甲斐があったという事なのだろう。
領主へ納める年貢と、山賊達へ納めるもの、ふたつの重税を課された事に憤り、ある集落の者が山賊へ立ち向かったところ───その者の妻子が無惨に殺された。