• テキストサイズ

❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第9章 龍は一寸にして昇天の気あり



すっぱりと殺すつもりはないと断じれば、幾分安心したらしい職人がぎょっとした風に言い返して来た。それまで笑みのひとつも浮かべていなかった光秀が、不意に酷薄な微笑を乗せる。

「深い意図はないが……こうすれば多少は口も滑りやすくなるだろう?」

涼やかな双眸を眇め、ゆるりと首を傾げてみせた。平伏する職人に対し、光秀達は三和土(たたき)へ立ったままだ。その物理的な身長差も相俟って、威圧感をもろに受けた男が再び低頭のままで腰を抜かす。

「ひぃ……!お、御助け……!!」
「ったく、さっきから黙ってりゃ情けない男だね!……御武家さん、あんた取り引きって言ってたけど、私らが知ってる事を全部明かしたら、あんたは一体何をしてくれるんだい」

上擦った声を上げて怯える夫の姿を半眼で眺めた女が、深い溜息と共に額を押さえた。やがて職人の女房が光秀をちらりと見れば、何処か緊張を面持ちに走らせながら問うて来る。この場にいなかった凪は知らない事だが、女は光秀らを見るなり忠告をしようとしてくれていた。

あてに出来る情報が極めて少ない中で、正しいものを精査するのはそれなりに時間のかかる事だ。しかし、この女ならばまだ信用出来るだろうと踏んだ上で、光秀が肩をゆるりと竦めながら刀の柄から手を退ける。

「どうやら奥方の方が話が早そうだな」
「臆病もんだとは分かってたけど、ほとほと呆れた旦那だよ!」

この状況下で虚言を並べられても面倒だと軽く脅したつもりが、職人の旦那には中々に効果てきめんであったらしい。旦那よりもむしろ肝の据わっている女房が自身の夫を一度きつく睨(ね)めつけた後、肩を上下させる事で深い溜息を漏らし脱力する。

「先程言った取り引きの件だが……情報を受け取る代わりに、この集落を脅かすものを排除すると約束しよう」
「!あいつらを、やっつけてくれるって言うのかい……!?」

女が話を聞く態勢になったのを確認してから光秀が切り出せば、職人夫婦は揃って驚いた顔を浮かべた。その表情には疑念と期待が入り混じっており、望んで手を貸している訳ではないと言った職人の科白が嘘でない事を改めて察する。

/ 772ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp