❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
───光鴇が倉庫へ連れ込まれた頃、木工細工職人の工房にて。
取り引きと行こうか、そう光秀から告げられた職人夫婦は互いに身を寄せ合って震えた。その図だけを見ると、まるで光秀が悪人であるかのような立ち位置に見えるのは致し方ない。
鍔をかち、かち、と長くしなやかな指で軽く鳴らす度、精神的に追い込まれていった職人の方が、ばっと光秀の前へ平伏した。青白い顔のまま、額やこめかみから冬の季節にはそぐわない汗、即ち冷や汗を滲ませて震えた声を張る。
「お、俺達も望んでやってる事じゃないんです……!この集落の子供らを守る為に、仕方なく……っ」
「何情けなく声震わせてるんだい!しっかりおしよ、あんた!」
どうか命だけは御助けください!そう言いながら何度も床へ額を擦り付ける夫を前に、職人の女房が青褪めた顔をしながら旦那の尻をすぱん!と再び叩いた。光鴇が自分の所為でいなくなった───その自責の念に押し潰されそうになっていた凪も、突然の女の行動には虚を衝かれたらしい。泣き濡れた大きな黒々とした眸を瞠ると、それを瞬かせる。
「お前達の知っている事をすべて話せ」
女房の威勢の良さは、光臣と共に先程目にした為、二度驚く事はない。とはいえ、ひとまず凪が女の行動へ呆気に取られる形で、多少落ち着きを取り戻し始めるきっかけをくれた事には内心感謝の念を覚えつつ、光秀が促した。そうすれば叩かれた自らの尻を片手でさすりつつ、職人がおずおずと窺って来る。
「は、話せば殺さないでくれるのか……?」
「何か思い違いをしているようだが、元よりお前達を斬るつもりはない」
「なら、何であんたさん、さっきから物騒なもん鳴らしてるんだ……!?」
そもそも光秀が貴重な情報源に手をかける事などあり得ない。それを知っている凪と光臣は、男の行動を特に宥める素振りもなかったが、何も知らぬ相手にとっては得物を持つ、ただただ恐ろしい相手にしか映らなかっただろう。