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❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第9章 龍は一寸にして昇天の気あり



弟が何者かに攫われた────あまりの衝撃で一瞬、現実味を失っていた光臣もまた、ようやくその事実を胸に落とし込むと同時、沸々と湧き上がる怒りに唇を震わせる。

「父上!今すぐ鴇を助けに……────」

冷たい怒りが心の臓から指先へ満ちて行くままに、光臣が拳を握りしめて光秀を仰いだ。しかし、勢い任せで言い切るつもりであった少年の言葉は最後まで音になる事なく、ほとんど衝動的に呑み込まれた。凪を抱きしめる光秀の手付きは相変わらず甘く、優しい。

(父、上……)

にも関わらず、母に見せぬようその身を自身の胸へ閉じ込めた父の表情は、これまで光臣が見た事もない程に冷たく鋭利な感情に満ちていた。それは、平たく言えば殺気と呼べるものだったのかもしれない。金色の双眸に鈍く剣呑な光が灯り、そこへ静かな怒りが揺らいでいる。常の真意を窺わせない笑みが唇に刻まれる事もなく、ただ淡々と静かな面持ちを浮かべているそれこそが、父の逆鱗に触れた際の姿なのだと、光臣は初めて理解した。

「……凪、心配するな。鴇は俺が必ず見つけ出す」

驚きに言葉を呑んだ光臣を余所に、光秀が凪の顔をそっと上げさせて視線を交わした。取り乱していた凪はようやく少しずつではあるが落ち着いて来たのか、それでも涙に濡れた大きな眸を揺らして必死に訴えかける。

「っ……私も、手伝います……!今頃一人で怖くて心細い思いをしてると思うと……じっとしてるなんて出来ません……!」
「落ち着け。鴇を探すならば、確実性のある情報を仕入れた方が賢明だ」
「確実性のある、情報……?」

凪の性格をよくよく把握している父ならば、母がそう言うと最初から分かっていたのだろう。光秀は然程驚いた風もなく背をとんとん、と軽く叩き、言い聞かせるように告げた。確実性、と耳にした光臣には、すぐに父の意図が理解出来た。

はっとした様子で少年が細工職人夫婦へ振り返ると共に、光秀が凪を片腕で抱き直したまま、鋭利な視線を二人へ流す。片手はやはり白い刀の柄へ置かれ、今度は鍔の辺りをかち、と軽く弾く。

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