❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
(何故あの時、共について行かなかった)
何故凪と光鴇を二人にしてしまった。何故もっと早く集落の異変に気付けなかった。瞬時に湧き上がった止めどない自責の念は、脳髄の芯をじりじりと焼き焦がす。怒りとは、熱いものではなく存外冷たいものなのだと、改めて思い知らされた。自らへ向けたそれに指先の力がほんのりとこもった拍子、動揺の所為で引きつった凪の喉から、嗚咽のような音が溢れた事に気付き、光秀が柳眉を寄せる。
(……今は凪を宥(なだ)める事が先決だ。このままでは自らを責め続ける)
自責の念に駆られ、自らへ怒りを覚えるのは後で幾らでも出来る事だ。それより今は優先すべきものがあると、男が大きな掌で震える華奢な背を撫でた。まずは現状把握が急務となる。妻を慮(おもんぱか)る心と、光鴇を案じる焦燥を内側へ半ば無理やり押し込めた光秀は、もう一度穏やかな声で凪の名を呼んだ。
「凪」
「っ……私がちょっと目を離した隙にいなくなって……探しても見つからなくて……、そしたら、道にこれが……っ」
凪が両腕で抱えるように持っていたのは、光鴇が被っていた白いポンポンつきの毛糸帽子であった。少しポンポンの辺りがほつれているのを見る限り、何かに引っ掛けたか、誰かにむんずと掴み上げられた可能性が考えられる。兄と揃いだと喜んでいた毛糸帽子を、光鴇本人が粗末に扱うとは思えない。ついでに言えば、職人の女房が今し方口にしていた【童の岩戸隠し】と合わせて考えれば、導き出される答えは既に絞られたようなものだ。
「私がっ……私がちゃんと鴇くんの事、見てなかったらから……!私の所為で……っ」
光秀の両腕で支えられていた凪は、小さな子供用の毛糸帽子を抱きしめながら何度も自らを責める言葉を吐き出すと、その大きな黒々とした眸から涙を零した。喉が引き攣りそうな声には小さな嗚咽が混じっており、聞いている側の胸を強く痛ませる。肩を震わせる妻を優しく抱きとめながら、光秀がその背を撫でた。