❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
女は縦に格子がついている小窓を開けて一度周囲を警戒するよう見回すと、二人の方へにじり寄った。光臣を相変わらず背に庇ったままで、光秀が相手の真意を探るようにする中、女が声を潜めて告げる。
「御武家様方……あんたら、子連れだろ?湯治宿の女将は私の妹でね、その妹からあんたらの事は聞いてるよ。悪い事は言わない。今すぐここを出た方がいい」
「……どういう事だ」
「知らないのかい?今この集落じゃ、【童(わらべ)の岩戸隠し】が起こってるんだ。そこにいる子も、それからもうひとりの小さいのも、このままじゃ隠されちまうよ……!」
職人の女房が険しい顔を浮かべている様を目にし、光秀と光臣の二人が音もなく息を呑んだ。そうして、女の言葉の意図をすぐ様察した光秀がばさりと身を翻したと同時、荒々しい音を立てて工房の木戸が開かれる。
「光秀さん……────!!!」
「凪……?」
「母上!?一体何が……」
工房へ立ち入って来たのは、見ている方が心配になる程青白い顔をした凪であった。息が上がり、薄く紅を差している筈の唇までもが血色を失くしてわなないている様は、到底只事ではない。
しっかり着込んでいた小袖や丹前が乱れているところを見るに、何処かをあてもなく駆け回っていたのだろうという事が窺えた。虚を衝かれて息を呑んだ少年より先に、光秀が状況を即座に理解したかの如く、三和土(たたき)へ崩折れそうになった凪の身体を抱きとめる。
「凪、何があった」
「と、鴇くんが……っ」
「!」
光秀が妻を落ち着かせようと静かに、しかし真摯な声色で短く問う。喉の奥から絞り出すようにか細い声で小さな子どもの名を紡ぐと、光臣もようやく状況を把握した様子で眸を瞠った。普段ならば父母、どちらかの後をちょこまかとついて歩いている光鴇の姿が、何処にもいない。
身体の奥底、感情と呼ばれるものが深く沈んでいる肚(はら)から、苛烈な感情が一気にせり上がった。ほんの一瞬伏せた光秀の瞼の裏に、色を失くした凪の顔と、ここにはいない幼子の顔が同時に過ぎる。