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❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第9章 龍は一寸にして昇天の気あり



先程凪が風藤葛(ふうとうかずら)を購入した行商人ならば、怪我に効く薬を持っているかもしれない。これだけ泣いているのだから、子供はきっととても痛い筈だ。そう考えた光鴇が、泣いている子供から話を聞こうと奮闘する凪に何も告げず、先程行商人がいた場所に向かって駆け出した。ぎゅ、ぎゅっ、と雪を踏みしめる音は泣き声にかき消されて凪の耳には届かない。やがて一人で駆け出した光鴇の姿が完全に見えなくなった辺りで、ようやく何処か青白い顔をした女がすぐ近くの家から出て来る。

「小助……!!」
「おっかあ……!!」

小助と呼ばれた子供の傍へやって来た女は、座り込んでいる我が子の身を抱え上げると、その腕へ強く抱きしめた。ひとまず母親と思わしき女がいた事に安堵はしたものの、凪は明らかな違和感を抱いてその女を見上げる。女が出て来たのは凪と子供がいた目と鼻の先。あの声量で泣けば、すぐに気付いて然るべきだというのに、何故今頃になって出て来たというのか。

(なんか、変だ……)

胸の中で警鐘が鳴り響き、凪が咄嗟に立ち上がって背後を振り返る。

「鴇くん、光秀さんと臣くんのところへ……────」

戻ろう、という言葉は続かなかった。しゃくり上げる自らの子を抱きしめながら、やはり青い顔をした女が小さく口元だけで「悪く思わないでおくれよ……」と呟く。呆然とする凪は、そそくさと身を翻して自らの家へ戻って行く女を引き止める事も出来ず、眸を大きく瞠ったままで忙しなく周囲を見回した。頭の天辺からさあっと血の気が引いていく感覚に陥り、どくどくと嫌な音を立てて鼓動が鳴り響く。

「鴇くん……────!!」

ほとんど悲鳴のような声が喉を震わせる。視界に映るのは深々とした真白な景色ばかりで、その中に幼子がまとう鮮やかな青色の丹前は見えない。ほんの一瞬、少し目を離したその短いひと時。つい先程まで凪と共にいた筈の光鴇の姿は─────何処にもなかった。

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