❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
その雰囲気からして、凪に一文も出させる気がないと察し、彼女が慌てて声を上げた。一方、男は突然降って湧いた上客に相好(そうごう)を崩し、指を折りながら計算を始める。
「しかしこの風藤葛とやら、見れば見る程に珍妙な形ですね……」
「つぶつぶ、いっぱい」
「この風藤葛はね、胡椒の実と凄く似てるんだよ」
「胡椒……というと、母上の郷里にある、あの粉の事ですか?」
「粉の元がこのような実とは驚いたな」
風藤葛は小さな赤い実が密集してひとつの房になっており、その風貌は凪の言う通り、胡椒の実にかなり酷似していた。当然光秀や光臣らは胡椒の原型を知る由もないが、以前五百年後へ家族揃って出掛けた折、その加工品である現物は目にした事がある。見た目こそ胡椒の実に似てはいるが、風藤葛の果実には辛味がない為に香辛料としては使えず、生薬としての用途が一般的だ。
「ははうえ、こしょうってなに?おいしい?ときもたべれる?」
皆の話に一人だけついていけていないのが嫌だったのか、光鴇が凪の丹前の裾を小さな手でくいっと軽く引っ張った。凪が幼子へ視線を合わせる為に軽く屈むと、穏やかな笑みを浮かべる。
「うーん、鴇くんにはちょっと辛いかな。それに風藤葛もお薬作る時は細かくして粉状にするけど、それを近くで吸い込んだり、粉を舞わせちゃ駄目だよ?」
「?なんで?」
「細かい粉がお目々やお鼻に入ると、痒くなったりくしゃみが止まらなくなって、涙がいっぱい出ちゃうからね」
「ふうとうかずら、こわい……」
「ちゃんと使い方を守れば凄いお薬になるから、平気」
「わかった。とき、ちゃんとまもる!」
凪から教わった事へ真剣に耳を傾けていた光鴇が、真面目な表情でしっかりと頷いた。そうこうしている間に行商人の計算が終わったのか、男が嬉々としてその金額を伝える。光秀が細々とした金を大量に持ち歩いている訳もなく、取り出したのは金色に輝く一枚の金子だ。