❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
そんな木戸がしっかりと閉め切られた民家の横辺りに、簑笠(みのがさ)をまとった中年の男が座っていた。男の前には木箱が置かれていて、その上には筵(むしろ)が敷かれている。さすがに雪の上へ直接座る事は出来ない為、樽の上へ腰掛けていた男が、凪達の姿を目にして愛想良く笑いかけて来た。
「これはこれは……ここらでは見ない顔ですが、旅の御方ですか?」
「とき、みんなでおんせん、きた!」
父母が答えるよりも先に光鴇が屈託なく笑いながら告げると、行商の男は幼子を映してその目元を和らげる。
「ああ、そうだったんですね。この辺りに湧き出る温泉は湯治に最適ですから」
「この集落は冬時期、元々閑散としているのか?」
「冬になると畑仕事も出来ないですし、家にこもって手仕事をする以外、やる事はありませんからねえ。私のような山菜採りを生業(なりわい)にしている者も、雪が落ち着いている時以外はあまり外に出ません」
集落の静けさに仄かな疑問を覚えた光秀が問えば、行商の男は深く頷くと周囲の家々を見回した。確かに男の言う通り、静かではあるが人の気配は普通に感じられる。加えて庶民達にとって凪や光臣、光鴇が羽織っている丹前などの着物は綿をたっぷり使っている関係でとても高価であり、そうそう手に入れる事は難しい。寒さが顕著なこの時期に、軽装で好き好んで外へ出たがる物好きもいないと言われれば納得は出来た。
「雪深いこの季節に採れる山菜があるのですか?」
「冬だからこそ採れるものも勿論ありますが、やはり種類は少ないですからね。私ら山菜採りは秋に採ったものを保存して、この時期に売ったりもしています」
「そうだったんですね……!だからドクダミとかがあったんだ。それに風藤葛(ふうとうかずら)まで!この辺りでは凄く珍しいですね……!」
雪の下に草花が埋もれてしまう季節で、山菜や薬草の類いを採取するのは非常に難しいのだ。勿論冬にしか採れないものもあるが、木箱の上にはどちらかと言えば秋までの時期に採れるものが多い。