❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
城下町のように様々な見世が揃っているという訳ではないが、こういった集落では独自の工芸品が作られている事が多い。木工細工もその内のひとつであり、余所から商人がわざわざ買い付けに来る程までに質がいいと評判だ。それ以外にも、雪で農作業の出来ない農民達はそれぞれ手仕事を行い、細々とではあるが日々の暮らしの糧としているのである。
「ずるい!すずりばこ、ときもほしい!」
日々自己主張が強くなっている光鴇が、自らもと雪の上をとんとん、と跳ねながら光秀の足元へまとわりついた。基本的に物事は食べものかそれ以外かが判断基準であり、知識にかなり偏りのある幼子が硯箱などというものを把握しているとは思えない。光鴇の動きに合わせて毛糸帽子の白いポンポンがゆらゆらと軽快に跳ねた。それを目にして光秀が口元を緩ませ、わざと首を傾げて幼子へ問う。
「構わないが、硯箱が何か分かっているのか?仔栗鼠」
「むっ………すずりばこは、すずりばこ」
「やっぱり分かっていなかったな……まあ鴇は今まで持っていなかったから仕方ないか」
「むむむ、あにうえばっかりずるい」
「鴇くんが御殿で使ってたものは、臣くんのお下がりの筆だったもんね」
「あにうえのおさがり、もうないない」
眉をきゅっと寄せて如何にも不服と言わんばかりの幼子に対し、凪が苦笑して帽子の上から光鴇の頭を撫でた。御殿でも何かと手習い(と言う名のお絵描き)をする事の多い光鴇だが、基本的に使っているのは兄が幼かった頃のお下がりだ。光臣などは既に大人用の筆を用いているものの、小さな光鴇は子供用のものでなければ正しく筆を持てない。
下の弟妹らがお下がりを厭うのはいつの世も同じという事なのだろう。むっすりと不機嫌そうな子供の膨らんだ頬を、光秀が軽く身を屈める事で突付き、空気を抜く。
「ならばお前の硯箱も揃えるとしよう。筆や硯は安土に戻ってからで構わないな?」
「!うん……!とき、いっぱいふみ、かくね!」
「じゃあ光秀さんがお仕事の時、一緒に書こっか。勿論臣くんもね」
「えっ!?俺もですか……!?」