❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
常に人で溢れている安土や大阪、堺などの印象が取り分け強いが、一般的に考えれば冬はこの村のようにやや閑散としている様が当たり前なのだろう。雪ではしゃぎ遊ぶ子供の姿くらいはあるかと思えば、それもこの村では見られなかった。日々の暮らしと雪とが密接な関係にある地域においては、積雪など然程珍しいものでもなく、はしゃぐ程ではないという事なのかもしれない。
尚、明智家がこの村へやって来たのは今朝の事だ。かれこれ一刻前に宿へ着き、荷物や馬を置いてから村の散策に出て現在に至る。この村は元々良質な温泉が湧き出る事で有名であり、一家が泊まる宿にも温泉が完備されているという贅沢ぶりだ。
(そういえば宿の人達がちょっとよそよそしい感じだったけど……やっぱり城下町とかとは違って、集落や村自体、何処か閉鎖的な雰囲気なのかな)
ちなみに此度この温泉がある集落を勧めて来たのは秀吉で、以前信長の供として立ち寄った事があったのだという。乱世は湯治以外で温泉に浸かる習慣がないものの、年末から多忙であった光秀の疲労を癒やすには最適だろうという事で、行き先を決めたという経緯がある。
一般的に小さな集落や村では宿がないにも関わらず、この村に存在しているのは湯治目的の客が多く訪れるからだ。こういった集落で排他的な雰囲気がある事は珍しくないが、湯治客の落とす金で生計を立てている割りには、宿の者達はどうにも微妙な雰囲気であった。まあそういうものなのだろう、と自身を納得させると、凪が光秀を見上げる。
「光秀さん、まずは何処を周りますか?確かこの村、木工細工が盛んなんですよね?」
「ああ。細工の腕も然ることながら、山で採れた様々な土を使い、色付けをする技術は中々のものらしい」
「じゃあお土産には何か細工物を買っていきましょうか。色々と気遣ってくれた秀吉さんにも御礼がしたいですし」
「それは良い御考えです。……そういえば、先日気に入っていた硯箱の被せ蓋が割れてしまったと言っていました。ですので、硯箱はどうでしょう?」
「硯箱かあ、いいかも!」