❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第1章 武将と五百年後ノープランツアー 前
使ったメイク落としのシートをゴミ箱へ捨てた後、巾着の中に入れていたアプリコットの口紅と透明なグロスを取り出し、再び光秀の方へと向き直る。
「これが先です」
「ああ」
口紅の方を渡すと、光秀が小さく頷いてそれを受け取った。キャップを外し、リップブラシで塗るタイプのそれを綺麗に整えて指先で凪の顎をすくう。唇の輪郭を、優しくブラシが撫ぜた。注がれる眼差しが気恥ずかしさを沸き立たせ、凪は瞼をきゅっと閉ざす。視覚が閉ざされれば、触覚が過敏になり、唇を滑るブラシの感覚に肩を竦めた。凪が顔を上げたままで瞼を閉ざす姿を視界に捉え、くすりと笑った光秀は実に器用な所作で口紅を差し直すと、リップブラシを離す。蓋を閉ざした後、瞼をそろりと持ち上げた凪の片手へそれを握らせ、反対の手に持っていたグロスをするりと抜き取った。
「そうして瞼を閉じていると、まるで口付けをおねだりしているようだな」
「ち、違いますからね…!」
「それは残念だ。ほら、仕上げをするぞ」
口付けを強請る様にしては、少々力みすぎな彼女の様子に肩を揺らして笑う。手にしたグロスの蓋を開け、チップ先の液量を軽く整えた。相変わらず、何処で学んだのかと思わしめる手際の良さに苦笑し、凪がそっと瞼を伏せる。テカり過ぎない程度に乗せられた透明なグロスは、凪の鮮やかな唇をいっそう魅力的なものへと変貌させた。女を艷やかに仕立てるのが化粧だというならば、あまり他の男に見せるのは勿体無いなと、割と本気で考えていた光秀がグロスの蓋を閉ざす。
「ありがとうございます」
「出来栄えはどうだ」
グロスを凪へ手渡すと、瞼を持ち上げた彼女が嬉しそうに笑った。問いかけに対してくるりと再び鏡へ向き直り、映り込んだ姿を見て凪が双眼を瞬かせる。しっかりと差された口紅とグロスは、当然ながらはみ出る事なく、綺麗に彼女の唇を彩っていた。
「ばっちりです!」
鏡の中で凪が嬉しそうに笑う。鏡越しに絡まった視線が彼女の唇をなぞった。