❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第1章 武将と五百年後ノープランツアー 前
「以前にもこうしてうつった紅を拭われたが、便利なものだな。五百年後の技術というものは」
「初めてのデートの時ですね。あの時はうつるから駄目って言ったのに、光秀さんが………」
すっかり綺麗に拭われた事で色が落ちた己の唇を鏡越しに見て、光秀が感心を露わに呟いた。初めての逢瀬の際、出発前と途中とで、それぞれ紅を拭った事を思い起こした凪は、言いかけた言葉を咄嗟に呑み込む。先に続く言葉など分かりきっている筈であるのに、光秀は片眉を軽く持ち上げて首を傾げた。
「俺が、どうした」
「言わなくても…っ」
「先程も言っただろう。愛らしい言葉は、愛らしい唇から聞きたい」
(毎回毎回、分かってるのにいつも翻弄される……もうっ)
問われたそれへ反論するも、言い切る前に言葉を更に重ねられる。とん、と軽く触れた人差し指の先が、グロスの剥がれた凪の唇に触れた。悪戯に眇められる金色の双眼を前に、再びしてやられた感を抱きながらも、凪はぽつりと音を零す以外、光秀の前に限っては選択肢など存在し得ない。
「……光秀さんが、口付け、するから」
「お前が嫌だと言うならば、無理強いをするつもりはないが」
「………やじゃない。分かってるくせに、ずるい」
染まった耳朶へ男の指先が触れる。指の背で耳縁を優しく撫で上げ、悠然と笑む光秀へちらりと責めるような眼差しを送った。小さな否定はやはり少し拗ねていて、零された文句はしかし、孕む音が甘い。流れるような所作で凪の髪を乱さぬように撫で、光秀が小さく笑った。
「紅を貸してみろ。俺が差してやろう」
「別にこのくらい、自分で……」
「俺がやってやりたいんだが」
「う……、分かりました。ちょっと待っててくださいね」
よれた口紅を直してくれるという光秀に対し、凪が些か困ったように笑うと、さらりを横髪を指先に軽く絡めて紡がれる。こうなった光秀相手では何を言っても無駄だという事を知っている為、彼女は眉尻を軽く下げた後、一度くるりと鏡の方へ向き直った。