❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
顕如からの問いへ言葉を詰まらせた子供が口ごもる中、光鴇が嬉々として声高に答えた。室内で一際注目を受ける事の多い我が子を見て、光秀がくつくつと肩を小さく揺らす。
「仔栗鼠は御殿にいる時と然程変わらないな」
「そうですね……鴇は基本的にいつもあんな感じですし」
「周りから顰蹙(ひんしゅく)を買う事を厭わないという点も、鴇の美徳だと覚えておく事としよう」
「ふふ、素直と通じるところがありますね」
現に光鴇が素早く答えたのを聞いて、件(くだん)の子息が不機嫌そうに幼子を睨んでいた。が、当の本人はまったく気にした素振りもなく、そこにも他者の視線や評価を気にしない、光秀のDNAが組み込まれている事をひしひしと感じた次第である。
「光鴇の言う通り、文も文字が生み出されるきっかけのひとつだ。直接言葉を交わす事が出来ない代わりに、文を届ける事で己の意思を伝える事が出来る。そして文が形を変えたものこそが、書物だ。書物は過去の出来事を伝える為に存在しているが、しかしそこには必ず筆を執った者の主観が乗る」
室内の不和な雰囲気など、顕如にとっては可愛らしいものという事か。低く落ち着いた声が紡ぐそれは、まるで読経でも聞いているかのような心地だ。自然と面々が吸い寄せられるように顕如へ意識を向けた。一向衆の総本山を任されていた事実は決して見掛け倒しではなく、反対意見を抱く者達すらをも取り込んでしまうような、そんな不可思議な魅力がその声色にはある。
「私が先程話した豆まきの起源となる伝承とて、すべてが事実であるかは神世に生きた者しか分からん。伝承や神話に限らず、人は何が正しいか、誤りかを常に見極めなければならない。故に、私達は常に思考しながらこの現世を生きる必要があると覚えておくといい。思考を放棄した人間は何処までも堕落し、周りにある尊いものの存在までをも見失ってしまう。……かつて、私がそうだったようにな」
(顕如さん……)