❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
光秀が支度してくれた新しい水色の丹前をまとい、幼子が何処となくそわそわとした様子でちらりと後方を振り向く。その表情は見るからに嬉しそうで、家族が揃って来てくれた事へ喜びを隠しきれない様子だ。素直な幼子が何とも愛らしくて、凪が軽く手を振ってみせる。
「!」
「思いっきり振り返してますね」
「あの素直さが鴇の美徳だからな」
ぱっと表情を明るくして光鴇が思い切り手をぶんぶんと振れば、周囲の子供達がぎょっとしたように幼子を見た。まったく憚(はばか)りのない弟の様子を見て光臣が苦笑すれば、凪が心底悔しそうに唸る。
「可愛い……スマホがないのが悔やまれる……」
「母上……それはちょっとその、子の立場からしたら恥ずかしいかと」
「母はお前の時も言っていたぞ、仔狐」
「!!?」
くす、と可笑しそうに父へ言われた光臣が目を丸くした。その後、農民の子息達を中心に光鴇の真似をして自身らの親へ手を振る子供が多数現れ、どちらかと言えば体裁を気にする武家の子供達は、両親と微笑ましそうに笑みを交わし合う他の子らを羨ましそうに眺めていたのだった。
それから程なく、子供達とその家族らが集まる一室へ顕如と蘭丸がやって来れば、室内は水を打ったように静まり返る。顕如がこの安土にある学問所へ足を踏み入れる事は実は初めてではなく、時折住職の都合がつかない際には天満(てんま)からわざわざやって来て、子供達の相手をしてくれているのだと光鴇から聞いていた。
保護者家族は、子供達がずらりと並んでいるその後方へ腰を下ろしている。蘭丸も後ろの方へやって来て凪達の傍へ身を落ち着けると共に、顕如が用意されている書架台の前へ膝を折った。果たしてどんな事をするのか、と子供達が心なしかそわそわしている中、おもむろに顕如が口を開く。
「この日ノ本には季節の節目が四つあり、それらの前日を節分と呼んだ。中でも重要視されているのが立春の前日……即ち、如月の三日に当たる。今日はお前達の中でも身近となっている節分について語るとしよう」