❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第1章 武将と五百年後ノープランツアー 前
薄い色の唇が色を乗せると、こんなにも色めいて見える。責任を取ると言って手を繋がれ、導かれるままに凪は再び、先程自らが出て来たメイクルームへと逆戻りした。先程まで使っていた女優ミラー付きのドレッサーの前へ、凪が促されるままに座る。鏡で確認すると、確かにグロスや口紅がところどころ剥げてムラが出来てしまっていた。このくらいであれば、塗り直すだけで問題はなさそうだ。巾着の中からメイク落としを取り出し、それを手にしてくるりと背後を振り返ると、立った状態の光秀へ向き直る。
「光秀さんの唇にも、色が付いちゃってるから落とさないとですね」
「お前の色がうつってしまったか。まるで揃いのようだな」
笑みを浮かべる男の唇が艶を帯びている様に、女性としてそこはかとない敗北感を覚えるも、そもそもこの男は何をしていても絵になるのだ。揃いのようだ、などと呟きながら自らの親指で薄い唇をなぞるような仕草をする男へ、とくとくと忙しない鼓動を響かせた凪は、恥ずかしさを押し隠すよう、小さく零した。
「………似合ってるのが微妙に悔しいんですが」
「可愛いお前には到底敵わない」
さらりとそんな事を言う光秀に向かって片手を伸ばすと、やりやすいよう男が軽く身を屈める。椅子に座っている所為で普段よりも一層身長差が出来た相手へ、メイク落としを持った手を触れさせた。唇が荒れてしまわぬよう、とんとん、と白いシートを軽く押し付けるようにしてアプリコットを拭き取る。長い睫毛を閉ざす姿は美しく、全てが計算され尽くした造詣は、いつだって凪の心を容赦なく乱した。
(……綺麗)
長い睫毛が白い肌に影を落とす、その絶妙な具合が好きで、つい凪は光秀の顔をまじまじと見つめる。拭き終えたシートをそっと離すと、光秀が緩やかに瞼を持ち上げた。露わとなった金色の双眼に、紅く染まった自らの顔が映った事に気付き、ぱっと素早く視線を逸らす。瞼を伏せた姿をつい眺めてしまったなど、からかわれるに決まっているのだから。