❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
破戒僧へと自ら身を堕とした顕如が、再び皆を導く立場へ戻ると決めたのは、一人でも多くの者達を今度はその手ですくい上げる為なのだから。
不思議そうに首を傾げた光臣に向けて、光秀がその頭を掌でぽん、と撫でた。穏やかな金色の眼差しを息子へ注いでいる様を目の当たりにし、蘭丸が少しばかり意外そうに双眸を瞠る。てっきり、昔の事を光臣に明かすのかと思ったのだ。
天満で新しく本願寺を築き、その周囲へ顕如を慕う者たちが集まって自然と集落が出来た。新しい世代────光臣や光鴇を始め、これまで顕如が教えを説いて来た子供達は皆、かつての彼を知らない。
当の顕如は己の罪を隠すつもりはないと言っていたが、蘭丸の本心としては、もう誰もその心の傷には触れて欲しくなかったのである。だからこそ光秀が光臣へ事実を明かさなかった事に、虚を衝かれた心地になったのだった。
「さて、そろそろ向かうとしよう。仔栗鼠が首を長くして待っている頃だ」
「そうですね。顕如さんに蘭丸くん、これから忙しいのに引き止めちゃってすみません」
「ううん!久々に会えて嬉しかったよ。今度村にも遊びに来てね……!」
光秀がおもむろに凪や光臣を促すと、彼女が頷いて二人へ頭を下げた。これから顕如は、公開手習いで行う指南の為の支度に取り掛かるのだろう。気遣った凪に対して首を緩く振った蘭丸が、屈託ない笑顔で応えた。凪と光臣が是非、と嬉しそうな様子で告げると三人は光鴇が待つ部屋へと向かって歩き出す。
少しずつ遠ざかる三人の背を見送り、蘭丸が何処か眩しそうに双眸を眇めた。今は光鴇がいないものの、睦まじく並び歩く家族の後ろ姿が、彼には何だかとても尊いもののように思えたからかもしれない。
(……そういえば、光秀様って意地悪で怖かったけど、余計な事は何も言わない人だった)
蘭丸が顕如によって織田軍へ送り込まれた間者だと気付いていた時も、一向衆側として密かに蘭丸自身が暗躍していた時も、光秀はそれを明かさず、むしろ蘭丸を庇ってくれた事さえある。