❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
凪だけでなく、基本的に顕如は織田軍の武将達以外には老若男女問わず、穏やかに優しく接している。元々の性根が優しかった事や、かつては復讐鬼へと身を落としていた自らを禊(みそ)ぐ事で、過去の禍根は彼の中で少しずつ消化されているようであった。
「安土中の武家が集まるようなものだ。そのような場で説法など説きたがる変わり者はいない」
「ここのお寺の住職様、四日前の夜から胃の腑の痛みが治まらないから、顕如様へ代わりに指南してくれないかって文を寄越して来たんだ。公開手習いって、思った以上に住職様達の精神がすり減るみたい」
顕如様はそんな事ぜーんぜんなくて、御立派にお勤めしちゃうけどね★、と蘭丸がまるで自分の事のように誇らしげな風で胸を張った。確かに彼らの言う通り、光鴇が学んでいる場には明智家を筆頭に様々な有力武家の子息達が通っている。勿論農民や商家の子息なども多数在籍しているが、後方でずらりと武士が並んで子供達の様子を見ているのは、もはや圧でしかない。
(私が公開手習いなんて信長様に進言したばっかりに……!!!?ごめんなさい住職さん……!!)
これまでにこの寺の住職が三度も変わったのには、もしやそういった背景があったのだろうか。今更ながら僧達の胃に多大な負担を掛けまくっていた事へ思い至り、凪が今度、住職宛てへ胃薬でも送ろうと思考を巡らせた。妻が隣で申し訳なさに身を縮めている中、光秀が話の流れを耳にして感心した様子のまま片手を自らの顎へとあてがう。
「ほう?ならば蘭丸の言う通り、此度の指南役は顕如殿が適任か」
「何故ですか?父上。確かに顕如様の教えは、とても分かりやすくて身になりますが……」
「顕如殿程、豪胆な者も中々いないという事だ」
「……?」
凪と蘭丸が内心をひやりとさせたが、それは幸いにも杞憂となった。顕如と信長か不戦講和を交わしたのは、光臣がまだ幼かった頃だ。徳のある高僧として純粋に顕如を慕う光臣の前で、かつて織田軍と一向衆達が諍いを起こしていた事実を敢えて口にする必要はない。