❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
「……でも、稽古する事は好きみたいなんです。格好良く刀を振れるようになりたいって、毎日臣くんや光忠さんに素振りや構えを見てもらってるんですよ」
「臣はともかく、光忠が仔栗鼠を甘やかしている姿が目に浮かぶ」
「それは否定出来ないですけどね。体幹もしっかりして来てるし、何より凄く目が良いって言ってました」
「ああ、そこは俺も同感だ。鴇は動くものを追う事に長けている。さすが仔栗鼠というべきか」
「もう」
兄と光忠を巻き込み、光鴇は毎日稽古をこなしている。元々視力が良い上、そこに加えて動体視力も悪くない。相手の動きを見切る事は戦いにおいて実に重要な素質だ。さすが仔栗鼠というより、さすがかの明智光秀の子、といったところだろう。光臣も幼い頃から剣術の才があると周囲の武将達から散々言われていたが、光鴇にもしっかりとそういった一面がある事は、純粋に嬉しいし誇らしい。
くす、と可笑しそうに短く笑いを零した光秀に対し、凪が困ったように笑った。しかし、光鴇の稽古はあくまでも構えや素振りといった基礎ばかりだ。相手へ木刀を向ける稽古もするよう周囲から言われていたものの、幼子はそれに移った途端、居心地悪そうに消沈する。
「……ただ、やっぱり鴇くん、人に木刀を向ける事は抵抗があるみたいで。その稽古になった途端、元気をなくすんです」
「そうか」
少しばかり沈んだ声色で凪が告げた科白は、光秀にとっても想定の範疇であったようだ。人に武器を向けたくないという光鴇の気持ちを優先したい感情と、自らを守るという意味でも、最低限は身を守る術を学んで欲しいという母としての感情で板挟みにされている凪の額へ、光秀がそっと口付けを落とす。
「お前の気持ちは分かっている。しばらくは鴇の好きにさせる事としよう」
「好きに、ですか?」
「ああ。人に得物を向ける稽古を厭うのならば、基礎だけを徹底すればいい。いずれ仔栗鼠が立ち向かう術を本当に必要だと自ら思えた時、おのずと次の道へ進むだろう」