❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
此度の件は、普段の他愛無い我儘の類いとは違う。光鴇の繊細な部分に触れる事だからと閉口していれば、光秀は凪の内心などお見通しとばかりに片手で彼女の横髪を耳へかけてやる。
「大方、鴇の事だろう」
「!なんで……」
「先日の稽古を見れば予想はつく」
「……やっぱり、子供達のお父さんですね。元々鋭いけど」
「母君へお褒めに預かり光栄だ」
ぴしゃりと言い当てられた凪が目を丸くしたのを前に、光秀は軽く肩を揺らし笑ってみせた。光鴇へ子供用の木刀を与えた後、光秀はすぐに別の視察任務へ出ていたが、道場での一件と照らし合わせれば答えを導き出すのは容易だ。冗談めかした風に涼やかな金色の眼を眇めた光秀が、彼女の黒髪を指先でするりと撫でた後、不意に浮かべていた笑みを消す。
「世が世ならば、望まない得物を持たせる事もなかったんだがな」
「光秀さん……」
光秀が静かな声で告げた。そこに込められた父としての想いをひしひしと感じ取り、凪が眉尻を下げる。ああして厳しい稽古を子供達にさせるのは、決して明智家の跡取りになって欲しいからだとか、そういった事ではない。ひとつでも出来る事を増やしておけば、後々選択肢のひとつにそれが加わる事もある。
護身の術が要らないならばまだしも、この乱世では何をするにも第一に、最低限の力がなければ淘汰されてしまう理不尽で残酷な一面を未だ残していた。それを変える為に日々奔走している光秀を知っているからこそ、凪の胸の奥がぎゅっと苦しくなる。
(本当は、光秀さんが一番もどかしいよね。前よりはだいぶ良くなったけど、日ノ本では今もやっぱり何処かで争いが起こってる。臣くんや鴇くんが大人になるまでに世を平和にしたいって思う気持ちは、光秀さん自身が強く願ってる事だから)
凪が指先でそっと光秀の銀糸を梳き、言葉を選ぶよう一度視線を伏せた。燭台の明かりが揺れる中、白い肌に睫毛の影がゆらりと揺れる。