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❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第9章 龍は一寸にして昇天の気あり



どちらからともなく唇が離れた後、揶揄の如く紡がれたそれに小さく呻いた。光秀と祝言を挙げて十年以上経つにも関わらず、触れられれば鼓動が甘く跳ね、口付けられれば幸福が身体中に満ちる。

いつまでも褪せない感情を伝えてくれる光秀に対し、底のない愛おしさが湧き上がった。発する科白は少し可愛げがないかもしれないが、胸の内にある感情はすべて凪の偽りない本音だ。そして、それを光秀自身が分かっていない筈もない。

「この鼓動を感じると、無事にお前の元へ帰って来れたのだと安堵する」

掌へ伝わって来るものを拾い上げつつ、光秀が微かにかすれた声で囁いた。その声色ひとつでさえ、彼の痛切な感情を伝えて、凪の心を震わせる。自分が────家族が光秀にとって帰るべき場所になっている。

その事実だけで今日を生きている事の、当たり前のようでそうではない幸せに、満ち足りた心地になった。背後から顔を寄せる光秀の頬へ自らも軽くそれを触れさせ、穏やかな面持ちで凪が瞼を伏せる。

「はい……臣くんと鴇くんの寝顔も、後で見に行ってあげてくださいね」
「ああ、特に鴇は少々寝相が悪いからな」
「ふふ、子供ってそんなものですよ」

子供達はとうに寝静まっている頃で、帰宅が遅い時に子供部屋へ足を向けるのは光秀の日課だ。しっかりと夜着をかけている光臣はともかく、光鴇は時折よく分からない不可思議な体勢で寝ている事が多々ある為、部屋を覗きに行く光秀か凪が度々体勢や寝具を整えている。

「明日は火急の報せがなければ、一日身体があいている。鴇との約束は無事果たせそうだ」
「!良かった……!鴇くん、凄く楽しみにしてたんですよ。明日は臣くんも新兵稽古はお休みだし、私もお休みをもらったので、皆で行けそうですね」

不意に思い出した様子で告げた光秀の科白に、凪が心底嬉しそうな表情を浮かべてみせた。実は明日、光鴇が通っている学問所で公開手習い────所謂現代で言うところの授業参観が行われるのである。

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