❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
夫が任務で出掛ける度、凪が逐一気を揉んでいると知れば光秀に要らぬ心配をかけてしまう。だからこそ、彼女はわざと怒ったように眉を軽く寄せ、光秀の方へ向き直りながら拗ねたように文句を述べるのだ。
「気配を忍ばせる術は何かと役に立つだろう?」
「その前に私の心臓が保たない気がします」
「おや、それは一大事だ」
冗談めかした風に男が片眉を軽く持ち上げ、後ろ手に襖を閉ざした。そのまま凪の元まで歩いて行くと、彼女の傍へ腰を下ろして背後からその身を抱きしめる。冷たい睦月の匂いに混ざり、光秀の冴え冴えとした薫物の香りが凪をそっと包み込んだ。ひんやりとした白い着物から、任務を終えてすぐに彼女の元へ顔を見せに来てくれた事が分かる。
「愛しい妻の心の臓が無事か、確かめるとしよう」
背後から耳朶をくすぐる低音が注がれ、いつまで経っても慣れないそれに胸を跳ねさせた。そうすれば、腹部へ回された腕の内、片方の掌がそっと凪の着物越しに心臓がある辺りへあてがわれる。自分自身ではあまり自覚していなかったものの、こうして光秀へ触れられると自らの鼓動がとくとくと早鐘を打っている事が分かった。自分の心臓を文字通り男へ握られているような感覚に、凪が困り顔で振り返る。
「光秀さん、」
果たしてその後に何と言って続けるつもりだったのか。自分でもそれを一瞬理解出来なくなる程に端正な光秀の顔(かんばせ)が近付き、そうする事が当然であるように唇を奪われた。ちゅ、と小さくなった音は可愛らしいにも関わらず、啄む仕草は堪らなく妖艶で甘い。
心臓の辺りへ置かれたままの掌へ、とくとくと早鐘が伝わってしまう程の口付けに思わず目を閉ざすと、腹部へ回った片腕の力が強くなった。光秀からされた不意打ちの口付けは深まる事はなく、ただ角度を時折変えて優しく味わわれる。
「……いつもながら、素直な心の臓だ」
「うう、何か悔しい……」