❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
知られざる真実が今になって明かされ、面食らっている凪を余所に、光秀の目潰し講座────否、自身より大きな敵と戦う場合講座は続く。
「視界を奪った後は、敵の急所を的確に狙えるようにする事だ。振るう木刀は、お前の腕と近い場所へあてた方が力も込めやすい。つまり、ここだな」
「あし……?」
「正確には向こう脛(むこうずね)だ。所謂弁慶の泣き所だな」
刀の鞘の先で自身の脛を指すと、光鴇が眉尻を下げた。転んだりぶつけたりすると痛い場所、という認識はこの小さな子供にもあるらしい。確かに光鴇程の背であれば木刀を振り切った時、やや腕を下げれば向こう脛を打ち据える事が出来る。幼子がまじまじと白い袴に包まれた父の脛辺りを見た。そうしてふと眉尻を下げながら顔を上げ、弱々しい声を漏らす。
「でも、ちちうえのあし、いたいいたい……」
(鴇くん……)
自分がされて嫌な事、痛い事は他の人にしてはいけない。それは子供を育てるにあたって、至極当たり前とされる教えだ。割り切れていないと言えばそうなのかもしれないが、光鴇の相手を思う優しい心は親として素直に嬉しいし、誇らしいと思う。
だが、ここは凪の育った平和な現代ではなく戦国時代だ。時に理不尽な危機に晒され、命が危ぶまれる事もあるかもしれない。それを理解もしているが故に、どうにも複雑な心地になる。
「今は稽古だ。心配せずともお前の一打は容易く防げる。だが今後、お前が何かと戦わなければならない時は、必ず躊躇いは捨てる事だ」
真っ直ぐに光鴇を見つめて光秀が告げた言葉の意味を、幼子以外は全員分かっている。この戦乱の世へ生きる限り、何かを守る為、あるいは得る為に戦わなければならない瞬間がいつか必ずやって来るのだ。人を斬る覚悟ではなく、まずは事実に向き合う覚悟を光秀は光鴇に教えていた。
まだ五つの幼子には少々難しいかもしれないが、父の言葉が胸に響く瞬間が遅かれ早かれやって来るだろう。