❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
割りと容赦のない力加減で振り払われた事により、木刀ごと身体を持って行かれた幼子の身体がぐらりと体勢を崩し、道場の床へ横倒しに転がる。
「う、うう……」
「おやおや、どうした鴇。敵を前にして転がるとは、この隙に首を獲られてしまうぞ」
両手を使う事も出来ず、上手く受け身を取れなかった光鴇が盛大な音を立てて転んだ様を見て、光秀がゆるりと首を傾げてみせた。ぱし、と手にした刀の鞘を反対の掌へ打ち付ける父の姿を見上げ、痛みと恐怖で幼子の大きな金色の猫目に薄っすらと涙の膜が溜まる。
「まあ序の口ってところか」
「……始まりましたね、父上の転がし稽古その二が」
「と、鴇くん大丈夫かな……」
剣術を扱う者達にとっては大抵通る道という事か、政宗が当然だと言わんばかりに光秀と光鴇の光景を眺めた。光臣自身は数年前に同じような稽古をつけられた記憶がしっかりと残っている為、何とも言えない複雑な表情である。
おずおずと立ち上がった光鴇が再び木刀を構え直すも、今度は光秀が鞘を左へ幼子を────否、正確には幼子の木刀を打ち払った。ただでさえ大人と子供の力の差がある中で鞘を振られれば、体格が小さく軽い光鴇は呆気なく構えた木刀に振り回されてしまう。
「うっ……、いたいいたい……っ」
「痛いのならば止めてもいいが、どうする」
「とき、やめない……」
どさっ、と鈍い音が道場内に響き、木刀が乾いた音を立てて幼子の手から離れた。床へ座り込む形で赤くなった腕を見やり、光鴇が唇をきゅっと引き結ぶ。光秀は決して強制はしなかった。あくまでも光鴇の意思に任せると言わんばかりの口振りを耳にし、幼子が再び気合いを入れて首を左右に振る。
「ではしっかりと構え直す事だ。先程より柄を握る力が弱くなっている」
「おてて、いたいいたい、ない……!」
涙の膜を追いやるようにぎゅっと両目を硬く瞑った後、光鴇が木刀を手にして立ち上がった。そうして、再び構えると今度は転がされないよう、両足へしっかりと力を込める。かん、かん!と何度も鞘で光鴇の構える木刀の刀身部分を打ち据えつつ、光秀が子供の小さな身体を左右に振り揺らした。