❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第8章 水魚の交わり
敢えて話を逸らした光秀へ文句めいた事を言う凪に向かい、もっともらしい事を述べた。今回ばかりは先に光秀自身が答えている事も手伝ってか、些か不服な様を見せつつも、ぐっと彼女が押し黙る。やがて気恥ずかしさを紛らわせるよう、湯呑茶碗へ軽く口をつけてから、凪が光秀をちらりと見やった。そうして僅かな逡巡を見せた後、はにかむように笑う。
「いつかは出来たらいいな……とかそういうのは思いますけど、でも私、今のままでも十分幸せです」
「凪……」
「光秀さんと一緒にこうしてお茶を飲めて、夕餉の話をして、夜は一緒に寝て……離れ離れになる時もありますけど、必ず帰って来てくれるって信じてるから」
だって、私は光秀さんが帰りたいと思う場所、なんですよね?
そう付け加えて頬を染めながら笑顔を浮かべる彼女を見つめ、光秀は微かに眸を瞠った。形式張った儀式などなくとも、こうして何気ない当たり前とも言える日々を尊び、幸せを噛みしめる事が出来るのならば、それは十分二人が思う【結婚】の条件を満たしているように思える。
(……まったく、お前には敵わない)
凪は光秀に敵わない、とよく言うものの、実際はそうでもないという事におそらく彼女は気づいていないだろう。凪の手からそっと湯呑茶碗を取り上げて机上へ置き、彼女の方へと身体ごと向き直る。伸ばした手で触れた頬はやはり、縁側に居た時と同じでとても熱かった。冷たい手のひらに熱が移るのを自覚しながら、光秀が双眸を眇めて穏やかに笑みを乗せる。
「ああ……お前だけが唯一、俺が帰りたいと心から願う場所だ」
「私も同じです。私がずっと傍にいたいと思うのは光秀さんだけです」
飾らない言葉を互いに伝え合い、視線を交わせば、どちらからともなく笑みが溢れる。慈しみを込めて凪の頬へ触れていた光秀が、ふとその手を止めて正面に居る彼女を見つめた。