❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第8章 水魚の交わり
彼女の手で丸く柔らかなものにされたそれを、凪の前へと差し出せば一体どんな表情を見せてくれるのだろう。
(俺が心を曝け出したいと思うのは、お前ただ一人だけだ)
流れる横髪を指先に絡め、するりとそれを抜き去る。そうして光秀が片手で軽く手招くような仕草を見せると、凪が期待を覗かせて身を屈め、光秀の顔へ耳朶を寄せた。膝枕の体勢のまま、男が凪の鼓膜を優しく揺らすよう、低くかすれた声で囁きかける。
「───離れている間ずっと、俺もお前が恋しくて堪らなかった」
それがお前から貰った文の返事だ。そう一言付け加えたと同時、屈めていた姿勢を弾かれたように戻した凪が、真っ赤な顔を両手で覆った様を見て、光秀は愛おしげに穏やかな微笑を零したのだった。
♢
それからしばらく、膝枕の姿勢を保ったまま縁側で他愛無い話を交わした後、二人は自室へと戻った。陽が短かった冬が明け、初夏の足音が少しずつ近付いて来る時期故か、夕暮れ刻になっても空は依然として明るいままだ。一度部屋を後にした凪を待つ間、光秀は文机前に腰を下ろす。雑務の一切にすら手をつけるなという主君の命に背く意図はないが、文机に積まれた文や書簡へ目を通すくらいは咎められまい。
(……少々戻りが遅いな)
書簡三つへ目を通し終えた段階で、光秀は手にしていたそれを机上へ置いた。凪が部屋を出て行ってから少々経つ。下城して御殿へ戻って以降、ずっと彼女と共に触れ合い過ごしていた所為か、傍に凪が居ないと妙な寂しさめいたものが湧き上がるのだから、まったく困ったものだ。
(………やれやれ)
苦笑めいた吐息を、そっと内心で零す。一人で生きていく事を当たり前としていた過去の自らが、今の光秀を見た時、何と言うだろうか。ひと月半もの間離れていた反動とでも言うべきか、凪がいない事にこうも物足りなさを───否、何かが欠けた感覚に陥るなど。
(水魚の交わりとはよくいったものだ)