❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第8章 水魚の交わり
「例え何を捨て去ったとしても、お前の元へ帰りたいと思う。お前の故郷において、恋仲同士がやがて行き着く先が婚姻であり、夫婦(めおと)だというのも今でこそ納得が行く」
生き方を変えられないにも関わらず、寂しい思いをさせると分かっているにも関わらず。それでも容易にこの手を解く事が出来ない存在こそ、光秀にとっての帰る場所────否、帰りたいと願う場所だ。永久に共に居る事を誓う結婚という儀式を経て、恋仲から呼称が変わったものが夫婦だと言うならば、凪とはいずれそうなりたいと願っている。
「夫婦とは、生涯を連れ添う唯一無二の番(つがい)だろう?」
頬へ触れていた手のひらに、じわじわと溶けてしまいそうな程の熱が伝わって来た。くす、と小さく笑いを零した光秀が、親指の腹で彼女の下唇をなぞる。少し前に深く唇を奪ったばかりだというのに、もう既にこの柔らかなものが恋しい。
「っ……ずるいです、光秀さん……」
真っ赤な顔をそのままに、ふと凪が視線を伏せてか細い声で呟いた。だが、膝枕されている状態の光秀には、例え伏せたとしても彼女の表情がよく見える。
「私の些細な不安なんて、言葉ひとつであっという間に吹き飛ばしちゃうなんて」
「可愛いお前の顔を、いつまでも曇らせておく訳にはいかない」
光秀の唇が柔らかな弧を描いた。優しいその様に凪が顔を僅かに持ち上げ、眉尻を下げながら微笑む。彼女の熱が触れている光秀の指先にまでじんわりと移っていくのを感じ、ゆるりと一度瞼を伏せた。少し熱いくらいの温度がちょうどよく、心地良い。春の陽射しに照らされ、いっそう艶めく彼女の黒髪を眩しげに見やった後、おもむろに切り出す。
「そういえば、文の返事をしていなかったな」
「え?あ、あの文の……でも、もう無事に帰って来てくれましたし、わざわざ書かなくても……」
「ああ、紙や筆に頼るつもりはない」
唐突な話題に些か驚き、凪が一瞬きょとんと双眸を瞬かせた。文と言われて思い浮かぶのは、押し花の栞を入れて送ったものだ。