❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第8章 水魚の交わり
「すべてがそうとは言い切れないが……大抵の場合、女は家を守り、子を成すのが務めと言われる程だ。仮に夫婦仲が破綻していても互いの役割の為、傍に在り続ける事を選ばざるを得ないというのが実情だろう」
(長年連れ添う内に情が湧くという事もあるだろうが……それが果たして純粋な愛情かと言えば、個々の主観による。一概に肯定も否定も出来ないのが政略婚の難しいところだ)
元より武家の出自である光秀自身も、幼い頃よりそのように言い聞かされたものだ。女は家を守り、子を成す。力ある家柄であればある程、誰しもがそれを当然だと考えている。光秀が些か平淡な声色で答えた事に対し、凪が僅かに逡巡を見せた。絡めた指先にきゅっと力を込めて来たのがその証拠のようなもので、すぐに察した光秀が彼女の指先を自らの唇へと近付け、そこへ軽く口付けを落とす。
「どうした、凪。言いたい事があるなら、言ってみるといい」
「っ……何でもお見通しなんですね、光秀さんって」
「お前に関してならば、殊更な」
唇で指先に触れた拍子、彼女のそれがひくりとほんの微かに震える。やがて困った様子で眉尻を下げ、けれども表情や声色の端々に嬉しそうな色を乗せて凪が首を傾げてみせた。光秀が口角を緩く持ち上げて薄い笑みを浮かべると、凪はそれからややしばらく躊躇いを見せた後、ぽつりと問いかけて来る。
「そ、その……光秀さんはどう思ってるのかなって」
「ん……?」
「結婚について」
やや尻すぼみになって行く声を最後まで聞き届け、手を繋ぐようにして絡めたまま、光秀が暫し凪の顔を見つめた。懸念と不安が凪の表情からありありと感じ取れる様を見やり、光秀は僅かに双眸を眇める。
(不安にさせてしまったか。あのような話を恋仲の口から聞けば、無理もない)
あくまでも光秀にとって、あるいは世間一般的な政略婚の印象を語ったに過ぎないが、その考え方自体にまるで馴染みのない凪が不安を抱くのも当然といえよう。