❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第8章 水魚の交わり
おどけた調子で光秀が秀吉の話題を流せば、凪が仕方なさそうに眉尻を下げて笑った。彼女の頬へ触れていた手を下ろすと、凪が優しく光秀の髪を撫で梳いて来る。繊細な細い指先が銀糸を梳く度、言い知れぬ心地良さを覚えて一度瞼を閉ざした。それと同時、不意に先日まで任務で出向いていた小国で見聞きした事を思い起こす。
(例の大名の嫡男は、祝言を挙げた後といっても然程浮かれていたようには見えなかった。まあ家同士の結びつきを強固にする為のものだ。政略婚などそんなものだろう)
「……祝言かあ。花嫁さんと花婿さんには直接会ったんですか?」
光秀が冷静な角度から物を考えている時、凪が興味を覗かせて問いかけて来た。五百年後という遥か遠い刻を越え、今を共に生きる光秀の恋仲曰く、この乱世と彼女が生まれ育った時代とでは結婚観がだいぶ異なるらしい。政略結婚というものも無くはないが、大概は恋愛を経て恋仲となった者たち同士が、その先に行き着くもの、あるいは関係性だという。
「信長様から御預かりした贈り物を、直接相手方へ渡したからな。奥方とも揃って顔を合わせた」
「そうなんですね。……やっぱりその人達も政略結婚、ですよね?」
「大名の嫡男が祝言を挙げた相手は、国境が接している隣国の姫君だそうだ。両家共に互いの領域を不用意に侵さない事を約束する為のものだろう」
光秀の髪を撫で梳く凪の指先が、ひたりとその動きを止める。祝言を挙げた二人は、そもそもまともに顔すら合わせた事もないという。乱世においてはよくある話だが、凪にはやはり馴染みがなく、あまり想像出来ない事だったらしい。宙へ軽く留まった彼女の片手を絡め取り、そっと手を繋ぐようにして優しく握り込んだ。光秀のひんやりした指先の温度で我に返ったようで、凪が微かに双眸を瞬かせる。
「政略婚というものが気にかかるのか?」
「……はい。この時代の習慣だっていうのはよく分かってるつもりなんですけど……会った事も、話した事もない人と結婚するなんて……その、上手く行くのかな、とか」