❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第8章 水魚の交わり
(こうしてお前を腕に抱いていると、心が柔らかく解れて行くようだ)
常に危険へと身を置く、その生き方を選んだ事に後悔などなにひとつないけれど、凪の傍にいるだけで張り詰めたものが暖かく優しい温度で包まれ、ゆっくりと融解していくような気がした。削り上げた硬く鋭利な心の角が失われ、真綿の如き柔らかさに変わって行くのが分かる。
「俺が離れている間、変わった事はなかったか?」
「大丈夫ですよ。いつも通り平和な毎日でした。調薬室にも慶次がよく遊びに来てくれて、忙しい時は家康も手伝ってくれたり……」
応えるよう両腕を光秀の背に回した凪が、明るく弾んだ声を発した。それはおそらく、長らく安土を離れていた自身を気遣い、余計な気を回させない為の振る舞いだという事は理解している。だが、どうにも彼女の口から他の男の名が出ると、胸の奥がざわめいて仕方がない。
(家康や慶次達が凪の元へ顔を出すのは、おそらくこの娘の寂しさを紛らわせる為なんだろうが)
常に傍にいられる訳ではない、凪を寂しくさせている当人だと分かっているにも関わらず、湧き上がったのはある種の独占欲とも呼べる感情であった。無論、凪を元気づけてくれる面々には光秀としても感謝しているが、欲を言っていいのならば。
(お前の寂しさを埋める役目を、他の者へ譲りたくはない)
「……やれやれ、久方振りに再会した恋仲を前にして他の男の名を口にするとは」
嘆息混じりに零し、睫毛を伏せる。そうして再びそれを持ち上げた折、自らの眸に映り込んだ凪の無防備な面持ちを前にして、顔を近付けた。背に回した腕にそっと力を込め、互いの唇に吐息がかすめる距離で囁き落とす。
「悪い子だ」
言葉とは裏腹な声色は何処までも甘い。そのまま呼吸を奪うように口付けを交わし、深く貪った。噛みつくような口付けはいつもよりほんの少し、急いている自覚がある。