❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第8章 水魚の交わり
それ以外にも予定がずれ込んだ事など関係なしに、道中光秀は何度か凪へ文を送っていた。だが、ひとところに留まっている凪とは違い、光秀は常にあちこちへ移動している身だ。彼女の方から文を届けようにも中々融通が利かない事がほとんどであった。そこへ代わりに気を利かせたのが、傍に控える優秀な家臣という訳だ。
「お返事は如何致しますか。安土まではこのまま順調に進む事が出来れば、四日程で着く見込みではありますが」
予定がずれ込んだ分を含めると、安土へ帰還するのはひと月半ぶりだ。手にした文の表面、自らの名が記された箇所をそっと指の腹でなぞる。四日など過ぎ去ってしまえばおそらくはあっという間で、遠く離れた場所に居た、ひと月半という刻の方が余程長いのは分かりきっているというのに。
(お前と会える日が近付く四日という刻が、途方も無く長く感じられる)
誰にも明かさぬ胸中で独りごち、光秀が長い睫毛をそっと伏せた。
「……いや、この文の返事は直接言葉で伝えるとしよう」
「左様でございますか。かしこまりました」
「ご苦労だった。今宵はもう休め」
「はっ、失礼致します」
折り目正しい所作で一礼し、九兵衛が静かに部屋を辞する。残された光秀は、すっかり書き途中で乾いてしまった書簡を端へ退かし、凪からの文へと向き合った。表書きをそっと外すと、何かが挟まっている事に気付く。
それは長方形───五百年後で言うところの栞のような形をしていた。上質な紙には真っ白な花弁を持つ、空木の花が平たくなった状態で一輪貼り付けられている。
乱世に押し花という概念は広く伝わっていない。花の形を保ったまま、水分を抜いて綺麗に保存するその技術は江戸時代以降一般的になるらしいが、少なくとも光秀にその知識は存在していなかった。
凪が手作りで贈ってくれたのだろうそれへ優しく触れ、一度机上に置く。広げた文には、相変わらず平仮名の割合が比較的多めな文章が二枚に渡って綴られていた。
「どうやら、安土は相も変わらず平和らしい」