❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第6章 人酒を飲む、酒酒を飲む、酒人を飲む
それは、過去の光秀の生き様すべてを目にしていない凪には分からない事だ。
「俺が酔わないのは、神仏を信心深く敬っていない所為だと言われた事がある」
「なんですかそれ、聞きようによってはただのやっかみですよ…!」
「まあ実際、俺の事が鼻持ちならなかったんだろう。よくある話だ」
まるで世間話の一環の如く、事も無げにさらりと述べた光秀の代わりに、凪がむっと眉間を顰めて憤慨した。仮にそれを言われたのが酒の席だとすれば、やはりやっかみに違いない。
何せこの男は顔立ちが良い上、酒も強く大人の男としての余裕がある。そんな完璧な相手が涼しい顔で盃を傾けていれば、鼻につくと感じる者が一人二人いてもおかしくはない。唇を酒で軽く湿らせた後、酒器を戻して光秀が凪を見た。そうして人差し指で眉間を優しく解してやり、穏やかに笑う。
「これまで酒に酔えない事を気にかけた事は一度としてなかったが、今となってはそれで良かったと思っている」
「えーとつまり、お酒に強くて良かったって思ってるって事ですか……?」
「ああ」
人酒を飲む 酒酒を飲む 酒人を飲むという諺がある。最初こそ自制心が働くものの、飲み進めて行く内に酔いが回り、やがては酒に呑まれて乱れていくという意味を持つそれを、かつての光秀は理解出来なかった。暗く長い夜を過ごす為に酒器を傾けても、胸にあいた穴は埋まる気配すらない。そもそも味わいを楽しむ事すら出来ない身では当然というものだ。
「滅多な事で酒に酔わない俺が、お前にだけは酩酊する。そんな姿を見せるのは、お前だけで十分だ」
酒如きでは突き崩す事の出来ない男の理性はしかし、凪という愛しい女を前にすれば、呆気なく本能へとたちどころに塗り替えられる。その唯一という特別を、凪へ差し出す事が出来る事実に、例え難い幸福を感じた。
男のかすれた甘い言葉を真っ直ぐに注がれ、凪の頬が鮮やかな朱に染まる。大きな眸が愛しさと喜びを湛えて揺らぎ、そこから止め処無い感情が伝わって来た。