第6章 人酒を飲む、酒酒を飲む、酒人を飲む

彼と共に過ごした日々の中で、一度も酔いが回った光秀の姿を見た事がない凪が、明らかな興味と好奇心を覗かせて視線を注いでいると、男が穏やかな声色で問い、首を緩く傾げた。

「どうした。口付けのおねだりなら、ていの良い口実を与えてやっただろう？」
「あ、あれってそういう意味だったんですか！？……じゃなくて、光秀さんが酔ったらどんな風になるのかなって想像してました」
「お前は酔うと、中々に大胆になるな。あれが仮に愛らしい連れ合いの本性だとしたら、俺はたいそうな猫を被られている事になる訳だが」
「わ、私の話は今はいいんです！！あと、あれはお酒の勢いであって本性じゃありませんっ」

揶揄を投げかけられ、凪が恥ずかしそうに頬を赤く染めながら反論する。過去に数度やらかした酒での失態を思い返し、彼女が何とも気まずげに眉尻を下げて語気強く言い切った。

本性であろうと猫被りであろうと、凪が相手ならば別にどんな一面を持っていても構わないのだが、とは声に出して伝えず、光秀が可笑しそうに喉を鳴らしながら肩を微かに揺らす。一頻(ひとしき)り笑った後、膳に置いた盃を手にして、その表面へ視線を投げた。

「古来より信心深い者達の中では、酒に酔えば神と通じる事が出来ると信じられていた」

凪が単に知らないだけで、当たり前のように行って来た日ノ本の風習の中には、様々な意図が含まれている。それが本当に良いものか、実は悪いものなのか、その判断を一概につける事は難しいけれど、光秀と交わす何気ない言葉の中には、これまで目に留めて来なかった多くの小さな気付きがあった。

「へえ……あ！だから儀式とかで御神酒が用意されたりするんですかね？」
「そうかもしれないな。……俺が神仏を信じていない事は、お前も知っているだろう」
「はい……知ってます」

光秀は神も仏も信じていない。目に見えないものを心の拠り所にする事を悪いと断じはしないが、目に見える現実を突き動かす為には、己自身で動かなければならないという確たる信念があったから、そのように考えるようになったのか。