❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第6章 人酒を飲む、酒酒を飲む、酒人を飲む
先程深く出来なかった分、じっくりと堪能して唇を離すと、目の前で凪が薄い瞼をゆるゆると持ち上げる。その奥から、とろりとした漆黒の双眸が見えた。後頭部を支えていた片手で優しく髪を撫でた後、光秀が唇に甘やかな笑みを乗せる。
「俺以外の男の名を聞く気はない、と言っただろう」
「さっきのは不可抗力、です……」
「もっとも、俺はそのお陰でこの唇を味わえたんだが」
白い着物をきゅっと握った凪が些か不服そうに、けれども何処とない嬉しさを隠し切る事が出来ないままで眉根を寄せた。それが単に照れ隠しと、してやられた事への些細な抵抗だと分かっている光秀が、くつりと喉を低く鳴らし、人差し指でほんのり濡れた彼女の唇へふにっと触れる。
「もう……お酒、空になっちゃいましたね。注ぎますよ」
「ああ……だがその前に」
自らへ口移ししてくれた為、空になった酒器を目にして凪が声をかけた。鷹揚に頷いた後、一度言葉を切った男が彼女の身体を抱き上げるようにして膝立ちさせ、体勢を変えさせる。
「わっ……」
「やはりこの方が落ち着くな」
胡座をかいた自身の間に凪を横抱きにして座らせる、所謂お仕置きスタイルへと切り替えた光秀が満足げに口角を持ち上げた。隣り合って座っていた時よりもずっと互いを近く感じる事の出来るこの体勢は、人前でやられるとたいそう恥ずかしいのだが、実は凪も嫌いではない。凪が楽に出来るよう、片腕を背に回してくれている光秀が、あいた片手で銚子を取り、彼女へ渡した。
「他にも欲しいものがあれば遠慮なく言うといい。酌の返礼に、俺が手ずから食べさせてやろう」
「どんな返礼ですか、それ」
「短い刻の間に、手の込んだ肴を支度してくれた連れ合いを労わなければな」
「なんだか私、至れり尽くせりですね。贅沢だなあ」
渡された銚子を受け取り、凪が可笑しそうにくすくすと笑いを零す。楽しげなその表情を目にして光秀が穏やかに口元を綻ばせ、彼女からの酌を受けた。